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2008年09月27日

残滓と食育

本日、生活環境問題(特に廃棄物や残滓の再利用)を勉強している学生3名が、搾り終わったすだちの皮を頂きたいと言うことで来社しました。
「生活上人が出す廃棄物や残滓を有効活用して、廃棄物を少なくする努力をしながら環境問題を考えるなどの研究をしている。」とのことで、テーマは「すだちの皮に含まれている機能性成分について」だそうです。

サァー!○○学級の始まりです。

小生の部屋に招じ入れ、研究テーマにすだちを選んだ動機について伺ってみると、徳島県出身者がおりました。

やはり、というか納得! です。

それにしても、感心な若者達ばかりです。
小生の質問にも、的確に答えてくれます。
この会社がすだちを扱っていることがどうしてわかったのか質問してみると「インターネットで検索した。徳島に行けば当然あることはわかっているけれど、交通費がかかるので近いところの大阪で探した。」とのことであった。
若者らしい好感の持てるストレートな答え方です。

「残滓として捨てられているすだちの皮から機能性成分を抽出して医療などに役立たせることはできないか。残滓が少なくなれば環境にも役立つ。」とのことでした。

とてもしっかりした考え方を持っております。

すだちや他の柑橘の皮に含まれている「苦み」やペクチン、カロテンはまさしく、今、最も注目されている研究材料となっており、程なく解明されるであろうことを述べました。

ウーンこれは、モタモタしていると先を越されてしまうかな?

そうそう、小生が最も関心を持っている食育になぞらえて、一般的に使用されている「美味い」という表現を切り口に、間違った食生活について説明致しました。
つまり、過去には「まずい」といわれるものを人は積極的に排除してきた。現在は生活の豊かさから「美味しい」ものや好きなものばかりを自由に選んで食べることができることから、食べ過ぎや栄養のとりすぎ、偏った食生活、不規則な食生活が蔓延し、人の本能までもが退化した不健康を助長している食生活を送っている人が多い。

なぜ、嫌いなものを食べないのか?

機能性成分の抽出はすばらしい研究テーマだが、なしえた後にその機能性成分を多量に摂取することは逆効果となるおそれもあるので注意しなければならない。
最も望ましいのは、バランスの良い食生活と規則正しい生活を維持することです。

小生の最も言いたかったのはこのことです。

「○○が○○に効く。」とどこかの誰かが伝えると、そのことを頭から信じて大量に摂取してみても、結局は偏った食生活となることを理解しなければなりません。
何事も、ほどほどが肝心のところです。

真剣さは、小生の目にまっすぐに向けられた視線でわかります。
研究成果がでたら知らせてもらえることを約束して帰って行きましたが、このような勉強熱心な若者は大歓迎です。
心底今日は清々しい時間を過ごさせて頂き、本当にありがとうございました。

2008年09月22日

手搾りすだち

明日は秋分の日。
小生のところでは例年、特にこの日は特別の日として位置づけております。

そうなんです。
徳島の現地ではごく普通に行っている「すだちの手搾り」を、小生のところではこの日を定めて、例年伝統的に行事として行う特別な日としております。
なぜ、このようなことを行うのか、と申しますと、最も美味しいとされるすだち果汁を得るには手搾りの方法が一番良い方法とされているからです。
理由はシンプルなもので、人の手で搾るため加わる力がほどほどとなり、よけいに皮を搾ることもなく、種をつぶすこともありません。
ましてや、途中でひねりを加えるために内皮に含まれているカロテンやペクチンなどのとろみ成分がほどよく絞れるために、トロ~リとした極上の果汁となるのです。
実はこの皮や種に含まれている苦み成分は、せっかくのすだち果汁の爽やかな酸味を美味しくない別なものにしてしまいがちなために嫌われるのですが、手搾りではこの皮を絞ることがありませんので、結果的に効を奏していることとなります。

ところが、近年では、香酸柑橘の皮の苦み成分にがん抑制効果があることに着目した研究が盛んになされており、ことは誠にやっかいなものとなってきております。
昔から「薬は苦いもの」と言われてきたように、やっぱり!との感じを強く受けてはおりますが、このような苦みを旨い!とか、美味しい!とかで表現できるのであれば問題はないのですが、この場合の苦みは旨いや美味しいとは縁遠いものになり、食べ物とは相性が悪いため「美味しくない」食べ物にしてしまいます。

ともあれ、すだちは今が旬です。
本場徳島では9月から10月始め頃までがすだちの収穫期となっていますが、9月中頃を過ぎた今頃は収穫の最盛期を迎えており、すだち玉の太り具合も上々の頃です。
すだちをはじめとした香酸柑橘類は、未成熟の時は堅くて手搾りには不向きですが、熟れてきますと皮が柔らかくなり、難なく搾ることができます。
現地の栽培者の話では、手搾りをするすだちは収穫してからしばらく放っておくとやや黄色みがかって、さらに柔らかくなるので簡単に搾れるとのことでした。
実際にやってみましたら簡単に搾ることができましたが、際だった酸味が薄らいでおりましたので、やはり熟れた緑色のすだちを搾るのが一番かもしれません。

搾り終わった果汁のことばかり褒めてきましたが、先ほどから申しているとおり皮の部分には未だ未知の有効成分が一杯詰まっております。
「搾った皮を少しかじると身体によい。」ことを昔からそのように教えられずっと続けてきていることは、そうすることが何かしら身体によいと信じられてきた証だと思います。
昔からずっとやってきたことに間違いはありません。

嫌われものの苦い皮にも、もしかしたら、未知の世界から脚光という光がいきなり当たる時がくるかもしれませんですネ


2008年09月18日

一言!

「一言!」というメールが入っておりました。
うん?
ナンのことだろうと思い、メールを開く前にカーソルを合わせましたところ、右ブースに表示された内容は

「質問ではないのですが、一言」

の書き出しの文章が目に入りましたのでメールを開きました。
かいつまんだところの内容はこうです。

≪かにを食べるのにはいつも御社のかに酢を使っています。使い切ってしまったのでいつもの店に買いに行ったところ扱ってなく、やむを得ず他のものを購入してかにを食べたが全然うまくなかった。
何種類かのかに酢を試してみたがやはり美味くない。
かにを食べるときはやはりこのかに酢でず~と食べたいので、是非、末永く販売して頂けることを念願しています。
近くで販売しているところを教えてください。≫

とのことです。

嬉しいですネー
小生は、一方では無類の感激屋さんでもあるので、ついつい「プレゼントしちゃおうか。」と思ったほどでした。
食品を製造している者にとって、何が一番励ましになるかというと、商品を購入し消費された方が、その商品の中身を高く評価して頂き、そのコメントを頂けることです。
およそ、このようなことは面倒なことで、殆どの方は当たり前のように流してしまいます。
でも、名の通った場所での食事の席でよく目にする作法には、料理を作ってくれた職人に対する労を称える賛辞の儀礼があります。

「一言!」という端的な言葉で表現したセンスもすばらしいものが感じ取られ、頂戴したお褒めの言葉は自然とわき上がる「やりがい!」をもたらせる金言でもあり敬服するばかりです。
小生が百の褒め言葉を持ってしても、かなうはずもない何層倍もの威力がこの「一言!」にあることを教えられた貴重なメールでもありました。


2008年09月16日

今が旬!のすだち

先週の金曜日12日に徳島に行って参りました。

旬!

今が旬のすだちです。

日本語の中で最も好きな言葉の一つに入ります。
「旬」という季節感を、つい忘れがちな都会生活には、時々リフレッシュして、旬を探しに出かける機会が大切であると考えております。

この果実は濃い緑色が特徴です。
包丁で二つに切ると周囲はたちまち爽やかな香りに包まれ、夏場にダメージを受けた胃を刺激してくれます。
味わいにはキリッとした、際だった酸味があり、これもまた身体全体をリフレッシュしてくれる気が致します。
それぞれの枝には、およそゴルフボール大のものがびっしりと付いており、豊産系であることがわかります。

これからしばらくは、二つに切ったすだちを単純にチュッと搾ったチューハイで過ぎゆく時間を楽しむ日々が増えていきそうです。

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2008年09月02日

初秋

9月に入り、ススキの穂も一人前に垂れ下がるようになって参りました。
朝夕の涼風はホッとする時間をしばし与えてくれております。

今朝の天気図を見ると、低気圧に包囲された日本列島となっておりましたが、このような天気図の時は、低気圧の間を温かくしめった空気が北上して雷雲が発生し、各地に雷雨をもたらすので注意が必要と予報していました。
このところ、各地でゲリラ的な豪雨により被害が出ておりますが、台風と違って予見しにくい状況が顕著です。

現在の経済状況も、最近の天候状態とどこか似通ったところがあるように思えてなりませんが、つい先日のこと、ある企業が不渡りを出したそうです。
企業所在地においては伝統と歴史を誇った中堅企業としての実績があり、業績は順調であったようでした。
実際のところは聞いてみないとわからない深い事情があると思いますが、経営者の責任の重さを自覚させる出来事でもあります。
小生が大阪に来てから5年余の間、把握できているだけでも実に倒産3件、廃業3件、連絡不能3件の出来事に遭遇しております。
関わりのある人達の次の人生はいったいどうなるのだろう、と他人事でも心配になりますが、善人の顔をして他人の心配をしていられる状況に今はないのが実情のところです。
本当にどうなるのでしょうネー

さて、日曜日にスーパーに買い物に行ってきました。
お店に入るとすぐのところに、鍋物グッズが満載です!
もう秋になったんだ…
と、今年も夏の終わりを告げて秋を知らせる光景をスーパーで知ることとなりました。
アキアカネの大群が三沢川の広い河川敷を、それこそ我が物顔に、所狭しと乱舞していた光景が久那土の今頃の風景で、懐かしい故郷の情景が昨日のことのように思い出されます。
あれだけの大群が、よく互いがぶつからずに舞っていられるものだと感心しながら飽きずに見ていたことを思い出します。
次第に薄闇に包まれていく河川敷には、どこからかリーン、リーン…キンキロリン…と虫の鳴き声が聞こえてきます。
三沢川の松虫はキンキロリンと鳴きます。
違う違う!どこの松虫もみんな一緒でチンチロリン!
と、誰かに言われそうですが、そのころの小生の常識も確かにチンチロリンでしたので、かなりの時間チンチロリンではないかずっと耳を澄ましておりました。
試しにチンチロリン!と復唱もしてみました。
でも、どうしてもキンキロキンとしか聞こえません。
キン、キン…キンキロ!
時々、へんてこりんな鳴き声を出すものもおり、新米松虫が賢明に練習している状況が感じ取れました。
何せ、三沢川の松虫は他所のものよりすこぶる元気がよいから、キンキロリン!と勢いよく羽を鳴らしていたのかもしれません。
日本国中の松虫全部が同じ鳴き声、というのも納得がいかないことですから、久那土の松虫は元気さが違う!ということでそのときの小生の疑問は解けた次第です。

物憂い秋の始まり…
もう少し爽やかな気候となれば、身も心も晴れ晴れとするのですが…