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2009年12月29日

師走のミナト神戸

12月も押し迫ってきた土曜日に、三宮から異人館を経てモザイクガーデンまで神戸界隈の散策と洒落てきました。


萌黄の館
広場には周囲を異人館が囲んでおりますが、やはり目につくのが萌黄の館です。日本の建築物に緑色を塗ってもあまりマッチしないのですが、洋館はしっくりきます。不思議です。

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風見鶏の館
屋根の上に風見鶏が鎮座しています。色は煉瓦色でこれもしっくりきています。

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異人館通り
道路左右に異人館が建ち並んでいます。

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水仙
近くに神社があって、裏山の展望台に行く途中見つけました。いち早く初春の訪れを知らせてくれています。

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南京町
三宮のはずれの方に中華街があります。南京町と称しており周囲はとても賑やかで色華やかです。いろいろな種類の中華ラーメンや豚まんなど、安価な価格で中華料理を提供していました。
食事時間には早すぎたのですが、匂いに誘われてついつまみ食いをしてしまいました。

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生田神宮
三宮から神戸タワーにいく途中にあります。
有名人が挙式を上げたことで知られています。

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薄暮のモザイクガーデン
やっとミナト神戸に着きました。
暮れかかっている景色はまた格別な趣があります。

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ミナト神戸のシンボル 高さ103㍍の神戸ポートタワーに登りました。
東京タワーが330㍍ですので約三分の一の高さですが、高所嫌いの小生には103㍍でも気分はあまりよくありませんでした。
東京タワーに登るとビリッビリッとした振動が常に足下に伝わり、高所嫌いの小生にはそれがとても気持ち悪く感じるのですが、神戸ポートタワーではそれがありませんでしたので助かりました。

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やっと神戸タワーを下りて食事時間まで夜のモザイクガーデンを散策しました。
ミナト神戸の情緒が感じとれますでしょうか。

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ホテルもきれいでした。

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ガス灯通り
神戸駅まで歩くコースにはガス灯通りがあります。
イルミネーションがとてもきれいで、揺らぐガス灯はいや増してさらに神秘的な境地に誘ってくれます。
今も昔も男性と女性が連れ添って歩くにはとても和やかで微笑ましい風景です。

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平成21年も過ぎ去ろうとしています。

行く年来る年、いろいろな思いが錯綜しているものと思います。

去る年に思いをよせ、来る年を寿ぐ。

一生懸命生きた平成21年はあと2日で過ぎ去り、希望に満ちた新年に改まります。


…来年こそ!今年こそは!と手を打ち還暦がいく…


健康でいて、未だ人の世話にならずに新たな年を迎えられることに感謝しています。


2009年12月25日

本年も残すところ少なくなりました。

2009年も残すところあとわずかとなりました。

しばらくご無沙汰をしておりましたが、何ともわかりにくい業績?のでない忙しさに巻き込まれておりました。
それでも時間は待ってくれませんので、仕事納めである29日に本年一年の「仕事」の成果について総括を行うことと致しました。

それにしても景気は極端に悪く、もしかしたら全国的に重傷状態に陥っているのではないかと疑いたくなるようなひどい状況が続いております。


困ったことに働き盛りの人の働く場所がないようです。

収入が少ないため物も売れない状況です。

出口の見えないトンネルに入ってしまっています。


来年一杯はこんな状況が続くのではないかと感じていますが、それでもこれより下がないと思えば後は上に向かって登るだけ、という考え方もできますので、平坦ではない上り坂をゆっくりと確実によじ登ってみますか。


さて、やっと年賀状の宛先を点検できる時間がとれました。

ですが…


実は、このごろあまり気が進まない事情もあって、住所の点検はドンドン先延ばしになっております。
「年賀状」はご無沙汰をしている方でも、年に一度の挨拶を交わすことができる大変重宝なものでしたが、来年は挨拶ができない方が増えてきています。

誰もがいつかは経験することですが、寂しさはあとからあとから迫ってきます。


「人生あざなえる縄の如し」

今夜も熱々の鍋を囲んで美味しいぽん酢で頂きます!

来る年は、もう「裏はいいから表ばかり」を見せて欲しいと願いながら…


2009年12月14日

大徳寺から金閣寺へ

大徳寺を後にして、次なる目的地「金閣寺」に向かいます。
途中、鈴なりのゆずを発見しました。
間違いなく本ゆずです。とてもきれいな黄金色でした。

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初冬の大文字山です。燃えている火はありませんが、それでも大の字には何か別物としての雄大さが感じられます。

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またまた見つけてしまいました。
今度はダイダイです。
資料によると、正式名は「ナツダイダイ」で、夏みかんの名称は明治の中頃、大阪で販売する際に商品の名前として使用したのが始まり、とか。

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目的地に参りました。
「金閣寺と呼ばれていますが、正しくは「鹿苑寺」と言い、臨済宗相国寺派の禅寺です。」とパンフレットにあります。
小生も、てっきり金閣寺が正式名だとばかり思っていました。
勉強になりますネ

「足利3代将軍義満が大変気に入り、西園寺家から譲り受け、山荘北山殿を作りました。金閣を中心とした庭園・建築は極楽浄土をこの世に現したと言われ、後小松天皇(一休禅師の父)をお招きしたり、又、中国(明国)との貿易を盛んにして文化の発展に貢献した所で、この時代の文化を北山文化と言います。
義満の死後、遺言通り夢窓国師を開山(初代の住職) とし義満の法号鹿苑院殿から二字をとり、鹿苑寺と名付けられた。」と続きます。
そうなんだ、歴史がわかるとなんだか胸の内がスッとしますネ

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2009年12月08日

大徳寺のミカン

小生と深い縁?がある大徳寺に行ってきました。

「臨済宗大徳寺派の大本山で、広い寺域に別院二ヶ寺と二十一の塔頭を有する。」と案内板に説明されています。
「応仁の乱で消失したが、「一休さん」として親しまれている四十七世住持の一休宗純が堺の豪商の保護を受けて復興し…」と続いています。
参道には一休さんゆかりの黒い納豆が売られていました。


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「花園天皇と後醍醐天皇の厚い信仰を受けた」ことからか、勅使門があります。
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大徳寺塔頭 龍源院の「阿吽の石庭」(全景の部分)
「阿吽とは吸う息吐く息で、天と地、陰と陽、男と女、電流の+と-と、どの一つを切り離すことのできない宇宙の心理をその侭に表現しているのがこの石庭。」とある。

さて、しばし、「無」 なるところにその身を置いて、宇宙の心理なるものに多少なりとも触れ合うことができますでしょうか…


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礼の間
「和尚と修行僧らが一衆和合、公式の茶礼香礼等を行うところ」と説明されている。
大きな徳を持っている和尚の身近にあって、和尚の吐く息を吸うことのできる空間に、暫時その身が置かれているだけでも知らずのうちに小さな徳が得られるというものかもしれない。

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珍しいクチナシの実
乾燥させたクチナシの実からは紅い染料が採れる。
「古より赤飯の色づけに使用していた。」との記述を読んだ。

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