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2011年01月24日

葬送

悲しみの中に久那土の同級生A君の葬送に参列して参りました。

参列した同級生全員が霊前に並び、代表して同級生Y君は弔辞を述べようとしていましたがなかなか始まる様子もなく、しばらく沈黙の時間が続きました。
同級生代表Y君は流れる涙でメガネが曇り、手にした弔辞の文字を読むことができなかったのです。
霊前に並んだ同級生らは深い悲しみの中にも千金の値のする沈黙の時間を共有しており、その沈黙は参列された方々の涙をいやまして誘うこととなりました。

戦後まもなく生まれの同級生達は、日本全体が経済的に恵まれない中で必死になって日本の復興の一翼を担うべくひた走りに走り続け、ほんの4年ほど前にその大きな役割を終え第一線を退くべく定年退職をしたばかりでした。
同級生A君は故郷山梨に家を建て畑を購入し、家族との時間を少しでも取り戻そうと必死になって残りの人生を組み立て直そうとしておりました。

この世の中でやむなく不公平に甘んじなくてはならないことがあるとしても、同級生A君に当てはまることは皆無に等しいものと確信を持って言い切ることができます。
A君の豪放磊落でありながら、常に他の人のことを優先して考え行動する細やかな気配りは人の生き方の模範であり、誰もが賞賛する清廉潔白な生き方は同級生の鑑たるものでもありました。
そんなA君にせめてあと10年くらい生きることのおまけをやっても誰も文句は言わないことなのに、神様はなんと不公平なことをしてくれるものと大きな声で文句を言いたいのです。

程なくA君が愛してやまなかった故郷山梨はピンク色の桃の花に埋もれ桃源郷と化します。
山梨の春はもうすぐそこまできています。


2011年01月05日

新年のお祝詞を申しあげます。

新年あけましておめでとうございます。

本年は卯年
ピョーン!と大きく跳ねて壮大な夢も叶う飛躍の年にしたいものです。


新年早々に「見本と違うお節が届いたり、或いは1月1日に届かなかったため販売会社の社長が辞任した。」ニュースが目に飛び込みました。

社長が辞任するのはしかたのないことですが、正月行事の中でに家族みんなでお節を食べるのを楽しみにしていた方々には何ともお気の毒なあってはならない出来事です。

「日本の行事」と「食物」との重要な関連性を考えさせられるとともに、食品を扱うものの一人として心して業務を遂行しなければならないことを再認識しているところです。


さて、八坂神社では平安絵巻から抜け出した様を見せる「新年カルタ取り始め会」なるものが3日挙行されておりました。
雅な装いの稚児と平安朝装束の女性の見守る中で、代表となった二人の女性によるカルタ取りが始まりました。

艶やかな読み手の声が流れる中で、優雅な中にも「カルタ取り」で競う二人の姿はまさしく遊びを越えた真剣さが感じられ凛とした美しさを見せてくれておりました。


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いつものことながら八坂神社の裏手から清水寺を目指しました。
ねねの小路を経て、二年坂から三年坂は押すな押すなの人混み状態です。

清水寺の手前には托鉢をしているお坊さんが佇んでおりましたが、善男善女の行き交う傍らに赤くむくんだ素足のままの立ち居姿はとても印象的でした。

… 新らしき 卯年も跳ねる 荒波を 諫めてみせる 変革の波 …

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