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2009年01月28日

守口大根のおろしポン酢

守口大根を活用した「守口大根おろしポン酢」の試作品が完成いたしました。
甘い!辛い!、大根のおろし方がもう一つ!など、昨年から9月から取り組んだ試作は10数回を数え、できあがった試作品の自家消費が間に合わないほどの量となった「食べきれない!冷蔵庫が一杯!」などの苦情を背に受けつつ、ようやく自家消費から第三者にモニターをしてもらうところまでこぎ着けることができました。

また、両隣の緑色のものは守口大根の葉をジャムにしてみたものです。
きれいな緑色がでましたので、一応の成果があったものと評価しています。
ちょうど、パティシエの経験がある人が職業訓練のため当社に研修にきていたところから、試作の成果を味見してみて頂きましたところ、現時点で一応合格点を頂きました。
「守口大根の葉」をジャムにするのは明らかにミスマッチですが、栄養価の高い大根の葉をどんな食材に生かせられるかはアイデア次第ということもあり、ミスマッチから評価の高い商品が生まれることもまれにあると思いますので「何事にもチャレンジ精神!」は、もしかしたらとんでもない、素敵な夢を見せてくれることになるかもしれません。

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2009年01月19日

なにわの伝統野菜「守口大根」

これが噂の「なにわの伝統野菜 守口大根」です。

守口大根について大阪府の報道発表資料によると「20世紀初頭まで大阪市から守口市の淀川沿いで栽培されていたが、その後宅地化等で栽培が途絶えた。守口大根は、1645年の「毛吹き草」に「天満宮前大根」として始めて文献に登場します。…「天満宮前大根」は味醂糟を用いた香の物として利用されていました。
この香の物を天正13年(1585年)に豊臣秀吉が守口宿本陣で食し、その風味を褒め「守口漬」と名付けた(慶応4年 資料「河内名産守口漬」より)ことから、次第に「守口大根」という名称が用いられたものと考えられています 。…」とあります。
現在では岐阜・愛知両県の木曽川沿いにおいて栽培され、加工された守口大根は名古屋名産守口漬としても有名です。
大阪府では平成19年にこの守口大根を「なにわの伝統野菜」に認証致しました。
守口大根の歴史においては、今日に至るまで多くの方々の汗の結晶を得て「伝統野菜」として大切に守られてきたことが伺われ、先人のご苦労に改めて敬意を表すものでございます。
細長い特異な姿特性を持った守口大根が、多くの人の知るところとなってその特性が生かされた新たな商品開発がなされ発展することを祈念しているところです。

写真は二股に分かれていたり、太さもまばらで決して見栄えのするものではありませんが、細長い種類の大根としては大変珍しく、引き抜かれた大根の長さは平均で1メートル強ほどありました。
この守口大根は強い辛味と繊維質であることと、細長い姿特性から生食には向かないため漬け物以外の利用はされて来なかったようでしたので、二次利用の観点からもこの大根で調味料を作って見たらどうなるのかと考えました。

現在は幾つかレシピを作って試作を行っておりますが、果たして気に入った調味料ができるかどうかは全く未知の世界のことですので、とりあえず興味津々というところです。

新たな商品開発にはいろいろな苦難が待ち受けているものと思いますが、持ち前の二枚腰で何とか切り抜けていきたいと考えているところです。


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2006年11月16日

古木柿に寄生した風欄

ゆず農家の出入り口にある古木柿です。
「この柿の木は主人が子供のころには既にこのような形をしていて、昔とちっとも変わっていない、と言ってましたョ。」と、案内してくれた奥様が語ってくれました。
苔むした幹にはびっしりと風欄が寄生しており、梅雨時には芳香を放つ可憐な花を咲かしてくれるそうです。
どっしりとした中に、何とも言えない風格さえも感じられます。


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2006年11月15日

景気とゆず

昨日の日経夕刊に「GDP(国内総生産)年率2,0%成長」の報道がされていたが、個人消費の落ち込みなどで内需への寄与はなかったようである。
ここらが「景気への実感がない。」事の大きな理由となるものだが、背景となる雇用情勢、賃金、社会生活の安定などの要因が後押しをするまでに至っていない事を物語っています。

ところで、今年はすだちを初め、果実類は不作の年になってしまったようです。
特にゆずはひどくて、市場では品薄を越えて「品物がない」状態との事です。
理由は、梅雨の長雨や今夏の少雨に起因する花と未成熟果実の落下にあるそうです。
それでなくてもゆずは気難しやで、きっちりと各年結実を繰り返す果実で、それでいくと今年は豊作の予定年だったそうですが…

どういうわけかこの樹だけはたくさんなっていたので理由があるか聞いたところ、「昨年実を付けなかったのではないか。」との事で、場所によっては気まぐれなゆずもあるようです…

景気に左右されない「果実生産」のために、長い時間をかけて知恵と工夫を凝らした栽培がなされてきましたが、気まぐれには何ともいかんしがたいものがあるようです。

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2006年11月11日

蜘蛛の巣だらけのゆず

徳島のゆず農家の畑で撮影させて頂きました。

このゆずは農薬をかけていないので蜘蛛の巣がたくさんあり、葉にも穴があったりで、何かの虫に食べられていることが分かります。


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徳島の温州蜜柑

ゆずの収穫真っ盛りの徳島に行ってまいりました。

さっそく迎えてくれたのは深い山々に囲まれダイダイ色に色づいた温州蜜柑でした。
食べ放題?に近いくらい鈴なりでしたが、目的はゆずですので、我慢しました。

青い山とダイダイ色のコントラストはなかなかのもので、柑橘の里のアピール度満点の情景をもたらしてくれております。

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2006年10月04日

チャレンジ

美味しい秋!到来!

爽やかな風を終日感じる秋が来て、収穫の時を迎えました。
生きとし生けるもの、全ての生き物が喜び楽しむ収穫の時…
ズーと古代より続いている生物の営みはとぎれることなく、今年もまた大いなる大地は人が流した汗に応えてあまりある恵みをもたらしてくれました。

今、小生の工場はすだちの香りで一杯!です。
多くの善意の人の手を経て、今年も大いなる大地の恵みを一杯頂きました。

そのすだちの爽やかな香りに引かれて…新しいポン酢造りにチャレンジしております。
何回も何回も検討を重ねたレシピができて、ようやく試作までこぎ着けました。
手造りというシンプルな製造方法で、ポン酢の常識を越え、あまたある名のあるポン酢を退けることができるか否か、戦いは今、始まりました。


2006年05月30日

若者のチカラ

たいしたものですネー
若者のチカラは小生らの考えの及ぶところをはるかに超えております。
早朝から市場に行くためには、当たり前のことですがかなり早く起きなくてはなりません。今風の若者の一番苦手な早起きですが、自分達が決めたことであるのでそれもたやすくクリアーしてしまい、なんと初対面で新規得意先への売り込みに成功したのです。すごいことですネー
何がすごいかというと、初対面でありながら買ってくれたところが1社だけでなく数社あったことです。
昨年まで在籍していたベテラン?の営業マンはさて、在籍期間中何件の新規顧客を獲得したかなと振り返ってみましたが、とてもとてもこの4人の若者達にはかなわないことが今回のことで改めて立証されました。
営業は商品を好きになることがまず大事でしょうが、もっと大事なことはそのすすめる側の「人の心」のことです。およそ初対面の営業では相手方は人を見て、それから商品を見て買うか買わないかを決めるものと思います。
人によっては商品に重点を置く人もいればその人となりに重点を置く人もいるし、半々の人もいれば両方同じように見る人もいると思います。
怖いもの知らずの効果と言えば言えるかもしれませんが、4人の若者には脱帽!です。

頑張れ若鮎!

今日は早朝より当店の若者4名が大阪北部市場に勉強に行っております。
昨日のミーティングでリーダーから提案がなされ全員の自主的な意志で決めたようです。「市場動向の把握」を表向きにしたものですが、最大の目的は自社ブランド商品の売り込みです。
いつの間にか若鮎がスクスクと育っております。
小生が3年の間待ち望んでいたことです。やっとこさの感がして、まァーようやくのこと最初の堰を超えたかナと思っております。
これからさらに上流に向けて4名の若鮎は過酷な旅を続けていきます。しかしながら、その先にあるのは夢が一杯詰まっている場所であり、自ら行動を起こした今、必ずやその場所に到達できることは間違いありません。
頑張れ若鮎!夢と希望とロマンに賭けろ!


2006年05月29日

タデ

タデ探しの旅は京都笠置川の上流まで行くことになりました。
大阪近郊は川が多くて一時間ほど車を走らせたら風光明媚な京都の川に行き着くことができ、ようやく出会ったタデは多くの仲間と同居の形で見つかりました。
片っ端から噛んでみましたが、文献の通り辛いのは一種類のみで、他のものに特別な味がするようなものはありませんでした。
「水辺の胡椒」の別名を持っているといわれるとおり、古代人が川魚をとってその場で食べる際に身近にあったタデをつぶして味噌と和え「タデ味噌」にして、川魚につけて焼きながら食べたことは容易に想像できることでした。
東北地方に残る「鮎の味噌焼き」はこの名残ではないかと、タデを通して古代人の食に思いを馳せることができた一日でした。

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2006年05月23日

萌黄の館

神戸異人館「萌黄の館」を見てきました。宝塚から山沿いに「タデ」を探しながら散策しましたが、残念ながらタデは見つかりませんでした。
異人館前の広場では大道芸人がいろいろな技を見せ、上っていく階段の途中には多くの方が異人館を描いている光景が見られました。
小生は以前からホームページに載せる「似顔絵」を描いてもらおうと思っていたので、風見鶏の館の前で似顔絵を描いていた若い画伯がおりましたので描いてもらうことにいたしました。

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五月晴れ?

今年はスカッとした五月晴れが少ないように感じますがいかがでしょうか。もしかしたら、世相を反映しているのかもしれませんネ
巷では○○景気以来の景気回復だとかいっておりますが、殆どの人は懐疑的な見方で、「まだ」だと冷静に見ております。
対×外国とはかなりの競争力が出てきているのでしょうが、国内中小企業の製造部門に活気が出て国内消費が活発になればそのときにこそ本物と言えるのだと思います。
ですから、本物の景気回復はまだまだというわけです。
小生の知り合いには製造部門に携わっている方が大勢おりますが、中には従業員が辞めたため社長がその穴埋めの業務をせざるを得ず、経営に関する本来業務が後回しになっているところもあります。
中小企業の会社経営の現実とはこの様な形のものが大半ではないかと推察いたしますが、かくいう社長業は生半可なことでは勤まりません。
義理と人情の板挟みに毅然と立ち向かい、是非ともチャネルを切り替えて、ある意味頑固に自分本位の考えを優先し健康維持に徹するなどして頑張ってもらいたいものです。


2006年05月22日

商売の本質

先日ある方のお見舞いに行ってまいりました。
話題は不作による極端なユズ果汁在庫不足の事が中心となりましたが、小生のところは何とか前年並みの量を確保できていることをお話しいたしますと安堵のため息を漏らしておりました。
その方の得意先である料亭はユズを中心に使って頂いているので、この時期にユズがなくなると死活問題になる、といっておりました。
他所では全くないところが出ており、新規のお客様の注文は全てお断りしている状況のようです。
なぜ極端な在庫不足に陥ったかは多方向から検証してみないと分かりませんが、極端な不作のほかに人気果汁に対する何らかの「操作」?があったのでは、といぶかることで真相は判明してくるものと思います。
今回のピンチ脱出は、50年の取引実績を高い信頼をはさんだ「絆」として認めて頂いたことにあり、仕入先の社長様も「長年のお得意様を裏切ることはできない。」ことを強調しておりました。
この様なときに入院している方の会社にユズの売り込みがあったそうです。他所にはないはずなのにおかしい?ですネ
それにしても、留守宅に土足で上がり込む方式はいかがなものか、はたまた商売とはこの様なもの、といってしまえばサザエの蓋論ですが、「商売とは信頼の構築から始まる」ことをポリシーとしている小生の考えは甘いのでしょうか…
「得意先様を裏切ることはできない。」ことに強い共感を覚える小生は、商売の本道として「信頼の構築」に的を絞って頑張っていきたいと強く感じた出来事でした。


2006年05月19日

今が満開のスダチの花

スダチの白い花が雨に濡れていましたのではっきりと撮れていませんでしたが現地は今が満開の状況でした。時期的には昨年より丁度10日遅れとなりましたが、自然のもたらす環境状況を先読みすることはかくも難しいことを知らされております。
スダチの花にはスダチの匂い、ユズの花はユズの匂いがするそうですが…

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雨のスダチ山

5月17日スダチの花つき状態を観察するため徳島県勝浦町に行ってきました。大阪を出発するときは降っていなかったのですが、現地は大変な雨でスダチ山も雨に煙っておりました。
それでも花は満開の状態であったので、町全体がスダチ独特の甘い香りに満ち満ちており、その香りを胸一杯吸い込むと遠い日の懐かしさを思い出させてくれました。
今年もたくさんの青い果実を実らせてくれることでしょう。

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2006年05月18日

水芭蕉群生地

新潟県で水芭蕉の群生地を発見しました。
開花時期は既に過ぎており、白い可憐な花?は見られませんでしたが、身近で水芭蕉の群生地を見られたのは本当にラッキーでした。
周辺は水辺で、群生地には雪解けのわき水と思われる清流が流れ入っておりました。
18,5,7撮影

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2006年05月16日

一輪草

一輪でも凛と咲いている姿は東北地方特有のしなやかな強さを象徴してるようです。
一輪の可憐な花も、物言わぬその可憐さゆえにその存在をアピールしているかのようです。
18,5,7秋田で撮影。

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2006年05月15日

世界遺産白川郷

桜が満開のとてもすばらしい時期に遭遇した世界遺産白川郷です。
合掌造りの家屋が展開している集落に一歩足を踏み入れますとそこには現代の生活とは全くかけ離れた時間が止まったかのような一種独特の雰囲気を感じさせる世界がありました。
しかしながら、そのような中にも何かがしっかりと息づかいをしているのが感じとれられたのは小生だけだったでしょうか…

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2006年05月13日

初夏の会津磐梯山

会津磐梯山は宝の山よ…と歌われた初夏の磐梯山。まだ雪を抱いており、桜の花とのコントラストが何とも表現できない深い味わいをもたらしてくれております。
途中福島に立ち寄ることはできませんでしたが、機会があればこの地方でのアユの食べ方を勉強したかったのですが…タデ酢で食べるのかな、それとも塩焼き?はたまたおみそかな…時間がなくてとても残念です。

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2006年05月12日

鮎の食べ方いろいろ

タデ酢の勉強のため鮎のヤナ場と鮎茶屋巡りの旅、山形、秋田方面へ行ってきました。
山岳地帯が殆どを占める日本の地形からいっても、特に東北地方はこの時期、それらの山々から流れ出る雪解け水を集めた水量豊富な川が多く、規模の大きな鮎のヤナ場も各所に見られました。
ヤナ場に落ちてきた鮎を料理して食べさせてくれるのが「鮎茶屋」ですが、関係者に伺ったところ、そこでの鮎の消費量はかなりのもので、殆どは鮎が三匹以上並んだメニューばかりで、塩焼き、味噌をつけて焼いた田楽、何もつけずに焼いただけのもの等三種類の食べ方で楽しめるようになっておりました。
上品に鮎一匹にタデ酢がついたものでは食べた気がしない土地柄とかで、ともかく鮎をたくさん食べることを楽しんでいるようです。
それにしても、この様なところで鮎料理にタデ酢を使ってくれたら小生にとってよい仕事?になるところでしたが、食習慣の違いを見せられこの場合引き下がるしかありませんでした。
鮎の大消費地東北の食習慣を変えることは至難のことと思いますが「タデ酢で食べる」メニューを加えてもらってもよいのでは、と単純に思ったのですが、結構頑固に「そんな食べ方はこちらではしない!」と一蹴されてしまってはとりつく島もありません。
でも、パンフレットぐらいはみてくださいネ

2006年05月11日

鮎乃屋の鮎イケス

秋田県湯沢市で雄物川上流の水を引き込み、鮎の養殖をしている大変珍しい鮎乃家の大型イケス。
今は時季はずれで川の水は引き込まれていない。
時期が来て満々の雄物川上流の水を湛えた大型イケスに若鮎が飛び跳ねる光景が目に浮かぶよう…

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2006年05月10日

鮎乃家

秋田県湯沢市で、自前の大型イケスに川の水を引くなど、他では滅多に見られない大変珍しい方法で鮎の養殖をしている鮎乃家で、天皇皇后両陛下もお召し上がり頂いたという評判の鮎料理を食べてきました。
ここの奥様が元秋田小町で、その娘さんも秋田小町に選ばれ、親子二代続けて秋田小町になったのはこのお二人だけだと伺いました。
それにしても秋田の方は山形の方に負けじ劣らず、どうしてこうも善い人ばかりなのでしょうか。
二輪草からカタクリの花の話しになり、「そんな幻の花は見たことがない。」などと我が儘勝手なことを言う小生のためになんと鮎乃家の奥様はわざわざ自宅の裏山にカタクリの花を摘みに店の者をいかせてくれたのです。
鮎料理も最高に美味しかったのですが、暖かい心のこもったおもてなしというそれ以上のごちそうまで頂いた秋田でのすばらしいひとときを過ごさせて頂きました。
鮎乃家の皆さんありがとう…

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2006年05月09日

最上川の鮎のヤナ場

日本三大急流の一つである山形県白鷹町を流れる最上川の鮎のヤナ場を見てきました。
五月雨を集めて早し最上川…そのまま、雪解け水を一杯に集めて正に怒濤の如くに流れる様には圧倒されます。
ヤナ場の解禁は8月1日だそうですが、鮎釣りの方は7月1日に解禁されるそうです。関係者の話によりますと、多いときは1日で1万匹の鮎が捕れるときもあるそうです。
壮観な様をこの目で見てみたいものですネ
残念なことに、こちらでは鮎をタデ酢で食べることは少なく、殆どは塩焼きかみそだれをつけた田楽として食べるそうです。ところによって食べ方もいろいろ、やはり鮎を通じた日本の食文化は奥深いものがあります。

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2006年04月01日

春は弥生を過ぎて

昨日、一昨日と冬に逆戻り?しましたが、そんな気まぐれな天候にお構いなく季節の歩みは着実に進んでおり、本日から卯月と呼ばれ春爛漫がぴったりと当てはまる日本の四季の始まり。
日一日と花びらを広げていく児童公園の桜がいつ満開になるのかと、それはそれで大変な楽しみですが、その後に素早く来るであろう散りゆく桜もすぐそこに待っております。
ハーラ、ハラ…ハラ・ラ・ラ…ユーラリ、ユラユラ、ユラ・ラ・ラ・ラ…いずれの桜もそれなりの風情があって、やはり桜は桜…
幾世紀を耐え、爛漫の花を抱いた大樹の桜が、群青の天空に溶けゆく過ぎし日々…
そう…両親がいて、兄弟がいて、山があり、田畑があり、家があった…
桜は今も見ているか…住む人もない、荒れ果てた我が家と故郷を…


2006年02月20日

セリの準備

豊浜漁港ではまもなく始まるであろうセリの準備中でした。
多くのトロ箱の中には、いまが旬の高級食材赤なまこの大物が一杯入っており、メカブと共に並べられておりました。
赤なまこは内臓(このわたの原材料となります。)を処理してからよく塩もみして、流水で塩を流してぶつ切りしたものを大徳のかに酢をドサッとかけて食べたら、それは全く別の食感と味覚で味わえますのでぜひ一度試してみてください。
但し、赤なまこは黒なまこより少々お高くなっておりますのであしからず…

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2006年01月23日

旨いポン酢とは?

またまた、永遠のテーマを題材にして悩んでおります。
ポン酢はなんの調味料に入るのかな、それともドレッシングなのかな、はたまたタレなのか、実のところ小生には未だ完全に理解されておりません。
昨日、淡路島に食材探しに行ったら、カタクチイワシの魚醤がありました。
魚醤は主に北海道から北陸、山陰地方の海岸線にかけての各漁業の町に古くから伝わる発酵調味料で、ルーツは中国の「醤(ジャン)」に繋がるそうです。
北海道にはさけ魚醤、秋田県にはハタハタのショッツル、岩手県のウニ塩漬けから出る「風水(カゼミズ)」、石川県輪島のイカ魚醤や魚のアラなどで造った魚醤油など、魚介類を塩に漬けて発酵させた調味料は数多く、地方色豊かな郷土料理の一役を担っていることは間違いありません。
これらのことを踏まえて考えると「旨い!」ものの表現は子供のころから慣れ親しんでいる懐かしい味と、大人になってから体験した全く新しい味の表現とも言えることであり、この二つの味はどこまで行っても重ならないもの、いわばスパイラル的要素を持っているのではないかと感じております。
旨いポン酢を造るためには、この二つのことを分けて最初に理解すべきものではないかと小生は考えております。
文献によれば「醤(ジャン)」は肉、穀物、魚を素材として塩漬けにして作られるそうですが、醤油は大豆や小麦で作られていることを見れば「なるほど!」と納得できるものがあります。
四方を海に囲まれた日本の地形からしていろいろな魚介類素材としてた魚醤が生活の中に密着していったことは当然のことかもしれませんネ。
しからば魚醤を使ったポン酢はどうか?と思ったわけですが、柑橘の香りと魚醤の匂いはこれまたスパイラル?でした。
「旨いポン酢造り」は永遠に解決できない難問?です…

2005年12月13日

団塊の世代と健康

団塊の世代と呼ばれる方々は、戦後の混乱のまっただ中に誕生し、多感な中に激動の時代を過ごし、現在の日本の繁栄を確個たるものと致しました。正にものすごい頑張り屋集団でもあります。
その功労者集団もまもなくそれぞれに定年の時期を迎えます。
戦い疲れた身体は完治してますでしょうか。それとも無理やり戦いを延長して「何ヲ!まだまだ!」ッて歩みを止めないのでしょうか。
一度歩みを緩めて頑張ったご褒美に自身の身体のメンテを考えてもよろしいのではないでしょうか…。
団塊の世代の一員である小生は一足先に「次の道」を既に歩んでおります。時々に、折に触れての旨いポン酢造りをするための食材探しの旅を「ポン酢の旅は終わらない」で実施中です。
京都、兵庫、名古屋、福井、金沢、和歌山、輪島、氷見、小笠原母島等ご当地の食材に会い、その味は旨いポン酢造りに生かされております。
この時期は京都丹後の松葉ガニ、石川、福井の越前ガニ(いずれもズワイガニ)がいいですネ。