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2008年12月03日

落ち紅葉

とうとう師走に突入致しました。
そして、既に今日は3日を過ぎようとしております。
早い!
なんだか考える暇もないほど、そう!たった今のこの時が過ぎるのをとっても早く感じるのは小生だけでしょうか。
元来不器用の小生にとって、急ぎすぎる時間遣いは最も不得手のところですので、その際たる師走って余り好きではありません。
もっと、何かでゆっくりした時間を見つけたいのが本音のところです。

巷に吹く風は方向が一定せず、ところかまわず迷走しているようです。
ぽん酢屋家業に吹く風も、余り温かくはないように感じられます…
それはともかくとして、今夜の団欒のメニューはいかがでしたか?
「鍋」だったら何とかぽん酢屋の面目は立てられそうなんですが…

急に寒くなったと思ったら少し持ち直してみたり、このごろ本当に気ままな天候が続いておりますネー
このようなときは、皆さん!鍋ですよ!
野菜を一杯入れた鍋を囲んで、ホッカホッカ、ほんわかほんわか、ワイワイといきたいものですネ

今朝の某テレビニュースで京都嵯峨野周辺の落ち紅葉の映像が流れておりました。
落下した紅葉の葉が地面を紅葉色に染める様を表しているようですが、季節感を伝え優しく心に残る言葉です。
普段、気にもとめない短い空間の出来事を、短い言葉で見事に表現している落ち紅葉は、京都の秋の終わりを告げているようです。

2008年11月27日

これって柚子?

21日関東の某所で珍しい果実を発見しましたのでパチリ!
この時期に鮮やかな黄色に色づいている果実は疑いもなく柚子であろうとタカを括っておりました。
葉の特徴や色合い、鋭くて長い棘からして間違いなく柚子の木になっている果実らしく見えますが、近づいてみると表面がマジックミラーのようになっているのにはびっくりしました。
果実はソフトボール大の大きさですが、丸形の平べったい果実で表面がツルツルの夏みかんとは別のものであることは明らかです。
家の人がいたら果実の名前を聞いてみたかったのですが、あいにく会うことができませんでした。

26日には徳島に行って参りましたが、徳島の柚子は既に終盤に入っており、今月いっぱいで搾り終わるようです。
今年は裏年でしたが台風の襲来もなく、例年にない良い果実が収穫できたそうです。
裏年とは、柑橘などの果実はたいがい「表と裏」とが交互にあって、収穫があまり期待できない年のことを「裏年」と呼んでおります。
中でも柚子は頑固一徹に表と裏を例外なく繰り返し、今年はその裏年にあたり例年に比べて収穫は少なかったようです。
とはいっても、未だ山間には陽の光に照り返された鮮やかな黄色の柚子が見られますが、年々高齢化が進んでいるために収穫できなくて残っている柚子のようです。
後継者問題は中小・零細企業に限らず、いろいろなところで深刻な影を落としているように思えてなりません。

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2008年11月09日

あったか鍋料理

季節は冬に向かってまっしぐら!
今日は朝から気温が上がらず、いつもより寒く感じますので体調管理には十分注意する必要があります。

今年は台風の襲来もなく、農産物はまずまずの出来具合のようです。
みかんは裏年にあたるにもかかわらず、先日の日経新聞によると需給調整により卸値が上昇傾向にあることが報じられておりました。
例年、11月上旬からゆずの収穫が始まりますが、今年は裏年ですので収穫は例年を下回るものと思います。
ただ、台風の襲来がなかった分、良い果実が収穫できるものと期待しています。
3年ほど前から極端な数量不足となったゆずですが、需要と供給のバランスが崩れてゆず果汁の品不足がでたのは一昨年のことでした。
ゆず果汁が市場に行き渡らなかった理由として、気候変動による極端な収穫減に伴い、絶対数量不足による一部投機的売買から流通に異変が起こったことにあるようです。
栽培農家の高齢化に伴う栽培面積の縮小や困難な収穫作業に伴う収穫量の減少は需要とのバランスを崩す要因ともなっておりますが、さて、値段が高くなってしまったゆずの国内消費はこれからどのような方向に向かっていくのでしょうか。

中国を原産地とし、東アジアでしか栽培されていない柑橘のゆずは、寒くなるこれからの食卓には欠かすことのできない大変重宝する食材の一つでもあります。
特にあったか鍋から上る湯気とともに鼻腔に入る香気は、時の移ろいの使者となって食卓を賑わせ、家庭に貴重な「団欒」をプレゼントしてくれます。
「ゆず」はその独特の香気をして、冬の食卓「鍋」の名脇役といわれる所以です。

あったか鍋を囲んで、いつもより30分早く食事を始め、いつもより30分遅くまで食事を続けるのも、時流にあった今風の食卓と言えます
楽しい出来事が一杯聞かせてもらえる「あったか鍋」を囲んで、今夜はワインでゆっくり過ごしましょうか…


2008年10月28日

秋は真っ盛り!それとも終盤?

今朝はいつもより特にひんやりと感じましたが、皆様のところではいかがでしょうか?
ここ、守口市は新大阪駅から京都方向へ車で約30分くらいの距離にありますが、近隣における樹木や町並みから季節の色を感じさせてくれるものは意外と少ないように感じられます。
それでも、昼ころバルコニーに差し込む陽の光がとても心地よく感じられ、淀川の土手を眺めていたらそろそろ秋も終盤を迎えつつあるのかな?と、ふとそう感じました。

ここのところ、小生の食卓は鍋!ナベ!なべ!のオンパレードとなっております。

そう!
今、小生の頭の中は「創作?の秋」真っ盛りなのです。

そして、創作から生まれる新商品の試作には当然のこととしてたくさんの試作品ができていきます。
そのたくさんの試作品を処理するには、ともかく鍋物や生野菜など、あらゆる食材を試食して次から次へと評価していかないといけません。
特に注意しているところは生野菜などに対してはしつこくからみつくように調整することと、鍋物のほかに焼き肉にも合うようにと、ずいぶん欲張った使用感覚を持たせた試作となっております。

生野菜と鍋と焼き肉の違いについて考えてみると、まず生ものと熱い物と焼き物という、調理条件の全く違う食べ物であることが言えると思います。
この調理条件の全く違う食べ物全てに対応できる調味料であれば、ずいぶん使い勝手がよくて重宝するのではないかと考えました。
その結果は…

第三回目試作が終了し小生の独断と偏見で評価してみましたが、まずまずの成績で推移しておりますので、方向性は間違っていないことが立証?され、ほんの小さな自信となっております。

夜長も過ぎて、自然の恵みや人々の汗の結晶などを称して「実りの秋」とも申しますが、多くの方々に喜んで頂ける調味料ができることを大いに期待しているところです。

… 人集う 淀川土手は 秋!秋!秋! …

2008年10月20日

実りの秋

気分爽快の秋晴れ!のすばらしい天気が続いております。

木漏れ日の当たる場所で、しばし微睡んでいたいような、ゆったりとした時が流れます…
それなのに…こんなに爽快で気分の良い貴重な時を、昨日も一昨日も連チャンで新製品の創作に明け暮れておりました。

そうなんです!
小生にも宿題がありまして、どうしても今しなければならない新製品の試作作業があったのです。

美味しいものを作るのはそんなに難しいことではないと思っておりますが、いざ、製品化となると装丁やらネーミングやらクリアーしなければならない問題が山積しております。
でも、そんな中でも特に重要なことは、いろいろと多方向から検討してやっと設定されたネーミングがお客様に正しく伝わっているのかどうか、その中身がちゃんと値段に反映され、果たして消費者に受け入れられ売れるのかどうかの判断だと思います。
よく言われることですが、どんなに商品の中身が良いと判断されてもそれは売り手側の独自判断であって、商品につけられたネーミングによっては買い手である消費者に伝わりにくく、どうしても売れない状況に陥る事例が多々あります。

小生のところに「ゆららぎ」という商品があります。
味に深みがあって、小生はとても気に入っておりますが、「ゆららぎというネーミングでは中身が何なのかわからない。」という意見が多数を占め、もう一つ人気がなくて他の商品に比べたらあまり売れません。
この商品は他の商品開発を行っていたときに偶然の形でできあがったものです。
「ゆららぎ」は製造してから2~3ヶ月経過した方が美味しくなるという特性があり、他の商品とは一線を画していたのですが、なぜそうなるのかわからず不思議でなりませんでした。
この不思議から「ゆらぎ」という4/1理論を参考にして命名しましたが、不思議という観念だけでは商品の中身が今ひとつ買い手に伝わらなかった、ということです。
この際は、商品名を「時が味をつけたポン酢」とつけた方がより伝わりやすかったのかもしれません。

そんなこんなで、小生もいろいろと経験を積んできたことでもあるので、ここのところは一つ、頑張って実りの秋とするべく、この度の試作品はものすごくわかりやすいネーミングで行こうかと思案を巡らせておるところです。

2008年10月10日

十三夜

ほどよく空気が乾燥していて、渡りくる風のなんとも清々しい季節となりました。
このような時節を過ごすとき「気分爽快」と言えるかもしれません。

さて、八百屋さんの店頭では赤梨の幸水や長十郎などから豊水にバトンタッチされつつあり、青梨の二十世紀もそろそろ終盤に入ってきているのではないかと思います。
びっくりするくらい大きな新高や愛宕がナシの最後を締めくくることになりますが、この大きなナシは他のナシに比べると格段の日持ちがすることでも知られております。
ナシは冷やしすぎると甘みが抑えられて美味しくなくなるようです。
ほどほどのところで食べるのがよいようですネ

ナシ…このナシには小さいころの思い出が一杯詰まっております。
その昔…小生の子供のころには、ちょうど今ころの季節になると各家々では庭に面した和室の障子を一杯に開けて、お月様に見えるような位置にまでお供え物をせり出して「お月見」を致します。
そこには垂涎のご馳走である団子や柿、リンゴにブドウとナシなどが山盛りに飾られておりました。
「お月見」は、神秘な月をあがめて月にご馳走を供える田舎における年中行事の一つでしたが、実は子供にとっては全く別ものであり、わくわくする狩りを期待させるような楽しみの行事でもあったのです。
準備をするのもまた楽しみの一つで、明るいうちに回る家の順番を決め、それから、およそ1,5メートルほどの細長い竹竿を用意し、その先端に5寸釘を縛り付け、いわゆる即席のモリを作ります。
サァー、そこからが腕の見せ所となります。
獲物はもちろんお供え物のご馳走です。
でも、そこにはちゃんとルールがあって、一つの家から2個のご馳走を頂いてはいけないことが暗黙のうちに決められておりました。
ですから、お供え物の中で何が一番立派であるかを見極めることが最も重要なことでした。
小生は、ある家の庭から侵入?し、今まで食べたこともない一番立派な二十世紀を突きました。

してやったり!

と、退散しかけたところにどういうことか家人に気付かれてしまいました。

コラー!

の大声を背に受けて慌てて退散したところで、なぜ気付かれてしまったのか考えたところ、一番上に載せてあった一番大きな二十世紀を突いてしまったためにお供え物の形が代わってしまい、たちどころにばれてしまった、という訳でした。

子供の浅知恵が事を簡単に露呈させてしまったわけですが、それでも、この年齢に至り現実と向き合って沈思黙考するとき、子供のころの遊びにはちゃんとルールがあって、しかも考えながら準備と段取りがなされていたんだな、と我ながら感心することしきりです。
もちろん!苦労して得た、生まれて初めて食べる二十世紀は、それは別世界の食べ物であったことはいうまでもありません。
安全な場所を見つけ、果汁がほとばしるガブリ食いでやっつけしまったことを覚えております。

このようなことが大人になってから役に立ったか否かはっきりとはわかりませんが、少なくとも考えながら遊んだことは決して無駄にはなっていないことは確かだと思います。
また、あのころの大人も生意気な子供の遊びをわかっていて、大声を出すだけで追いかけてこなかったことを見ても、何事もわかっていたのだなと勝手解釈をして自らに言い聞かせてもおります。

綿密な準備と効率よい段取りはいつの世でも大いに期待されるものですが、それでもなお、ほころびが生じたときに、心に余裕を持たせたしかり方は人を育む原点ともなることを信じて疑いません。
今でもなお高価な二十世紀梨をおいそれとは食べられませんが、比較的求めやすい甘酸っぱい豊水を味わいながら往事のことを思い返しているところです。



2008年10月02日

たで酢が調味料専門書に掲載されました。

東京地図出版社発行の調味料専門書≪ニッポンのごちそう 全国調味料カタログ「おいしい調味料ご案内帖」≫初版本 にたで酢が掲載されました。

それにしても、よくもこれだけのニッポンの調味料を調べ上げたものです。
各県別にも整理されており、とてもわかりやすくなっております。
ヘェーこんなものもあったのか、と驚きの連続でしたが、編集を担当された方々のご労苦に対して敬意を表したいと思います。
このような書物は常に手が届くようなところにおいて、今後の新商品開発研究などに大いに活用させて頂きたいと思っております。

さて、季節は移り、ようやく夏の終焉を肌で感じるところとなりました。

秋…を伝える藍タデの花が今年も咲きました。

花は小さくてとても愛らしいピンク色をしております。
藍タデの葉からは、この花の色から到底創造できない、古来から日本に伝わるあの藍の染料を作り出します。
「藍」は長い時間と人の手を借り、発酵を繰り返しながら複雑な工程を経て染料としての「藍」を作り出します。
一説によると、藍には虫除けや血止めなどの効果があり、特に利用が盛んであった江戸時代は、その製造場所などは幕府の管理下におかれ、その一方では、藍は虫除けや傷の消毒効果に優れ、藍で染めた衣類を着ることによって害虫などから身を守っていたともいわれております。
小生の子供の頃の夏の風物詩でもあった「吊りカヤ」は、田舎ではどこの家にもあって、小生の家には大きな吊りカヤが一枚しかなかったので家族全員がカヤの中に入って一緒に寝ていたものでした。
現在では網戸に取って代わり、全くといってよいほど使われなくなりましたが、この吊りカヤは藍で染めてあり、細かく編み上げた布製の網でもありました。

藍タデは、既に歴史の大役を終え、楚々と吹く秋風にそのかわいらしいピンクの花穂を揺らしておりました。

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2008年10月01日

寒くなるとなぜか鍋!

急に!本当に急に!
昨日、一昨日とも寒かったですネー
何で、こんなに急に寒くなったりするんでしょうネー
おかげで、慌ててしまい込んだ下着を探し回ったり、食事も一変し夕べも、その前の日も、鍋、鍋に終始しました。

大阪は鶏肉をカシワと呼んで好んで食べておりますが、そういえば、ここ守口界隈でも焼鳥をメインに料理を出しているお店の多いこと。
ですから「どこどこに飲みに行こう。」ではなくて「どこどこの焼き鳥が美味しいから食べに行こう。」という会話になります。

鍋の中でも、寄せ鍋は最もポピュラーな鍋物と言えると思いますが、最近ではカレー鍋とかが話題となっているようで、鍋物も様変わりしてきております。
ともあれ、小生は野菜たっぷりの中にぶつ切りの鶏肉を入れて、グツグツ煮えてきたところでプッチリ丸まったカシワを箸でつまみ、ポン酢にドボンとつけたものをフウフウ、フワフワってな具合で口の中で転がしながら、ジワッとしみ出す肉汁とポン酢がミックスされた絶妙な味を、ゆっくり楽しみながら食べるのを最も得意な食べ方としております。
それも、大阪にきてからのことです。
大阪の鶏肉は旨い!ことが理由です。
年齢的にも、油成分が少ない鶏肉を身体が要求しているからかもしれません。
食べ過ぎ?にはもちろん!十分に注意しております。
でも、言い訳がましいのですが、ダイコン、ニンジン、ネギ、イトコンニャク、白菜、シイタケなどの野菜と鶏肉ですので、食べ過ぎたかな?と思っても意外と消化は早いようですヨ

最近では、カロテンやペクチンは特に病気に対して強い抑制力を持っていることが研究者によって明らかになってきているようですが、それだけを食べていれば良いというものではないと思いますので、やはりバランス良い食事を心がけたいものです。
食べ物を「美味しく頂く」ということは、精神衛生上最も大事なことですので、雰囲気作りも重要な側面を併せ持っておりますね。

笑い!が作る雰囲気作りは、最も大事にしたい生活習慣の一つです。


2008年09月27日

残滓と食育

本日、生活環境問題(特に廃棄物や残滓の再利用)を勉強している学生3名が、搾り終わったすだちの皮を頂きたいと言うことで来社しました。
「生活上人が出す廃棄物や残滓を有効活用して、廃棄物を少なくする努力をしながら環境問題を考えるなどの研究をしている。」とのことで、テーマは「すだちの皮に含まれている機能性成分について」だそうです。

サァー!○○学級の始まりです。

小生の部屋に招じ入れ、研究テーマにすだちを選んだ動機について伺ってみると、徳島県出身者がおりました。

やはり、というか納得! です。

それにしても、感心な若者達ばかりです。
小生の質問にも、的確に答えてくれます。
この会社がすだちを扱っていることがどうしてわかったのか質問してみると「インターネットで検索した。徳島に行けば当然あることはわかっているけれど、交通費がかかるので近いところの大阪で探した。」とのことであった。
若者らしい好感の持てるストレートな答え方です。

「残滓として捨てられているすだちの皮から機能性成分を抽出して医療などに役立たせることはできないか。残滓が少なくなれば環境にも役立つ。」とのことでした。

とてもしっかりした考え方を持っております。

すだちや他の柑橘の皮に含まれている「苦み」やペクチン、カロテンはまさしく、今、最も注目されている研究材料となっており、程なく解明されるであろうことを述べました。

ウーンこれは、モタモタしていると先を越されてしまうかな?

そうそう、小生が最も関心を持っている食育になぞらえて、一般的に使用されている「美味い」という表現を切り口に、間違った食生活について説明致しました。
つまり、過去には「まずい」といわれるものを人は積極的に排除してきた。現在は生活の豊かさから「美味しい」ものや好きなものばかりを自由に選んで食べることができることから、食べ過ぎや栄養のとりすぎ、偏った食生活、不規則な食生活が蔓延し、人の本能までもが退化した不健康を助長している食生活を送っている人が多い。

なぜ、嫌いなものを食べないのか?

機能性成分の抽出はすばらしい研究テーマだが、なしえた後にその機能性成分を多量に摂取することは逆効果となるおそれもあるので注意しなければならない。
最も望ましいのは、バランスの良い食生活と規則正しい生活を維持することです。

小生の最も言いたかったのはこのことです。

「○○が○○に効く。」とどこかの誰かが伝えると、そのことを頭から信じて大量に摂取してみても、結局は偏った食生活となることを理解しなければなりません。
何事も、ほどほどが肝心のところです。

真剣さは、小生の目にまっすぐに向けられた視線でわかります。
研究成果がでたら知らせてもらえることを約束して帰って行きましたが、このような勉強熱心な若者は大歓迎です。
心底今日は清々しい時間を過ごさせて頂き、本当にありがとうございました。

2008年09月22日

手搾りすだち

明日は秋分の日。
小生のところでは例年、特にこの日は特別の日として位置づけております。

そうなんです。
徳島の現地ではごく普通に行っている「すだちの手搾り」を、小生のところではこの日を定めて、例年伝統的に行事として行う特別な日としております。
なぜ、このようなことを行うのか、と申しますと、最も美味しいとされるすだち果汁を得るには手搾りの方法が一番良い方法とされているからです。
理由はシンプルなもので、人の手で搾るため加わる力がほどほどとなり、よけいに皮を搾ることもなく、種をつぶすこともありません。
ましてや、途中でひねりを加えるために内皮に含まれているカロテンやペクチンなどのとろみ成分がほどよく絞れるために、トロ~リとした極上の果汁となるのです。
実はこの皮や種に含まれている苦み成分は、せっかくのすだち果汁の爽やかな酸味を美味しくない別なものにしてしまいがちなために嫌われるのですが、手搾りではこの皮を絞ることがありませんので、結果的に効を奏していることとなります。

ところが、近年では、香酸柑橘の皮の苦み成分にがん抑制効果があることに着目した研究が盛んになされており、ことは誠にやっかいなものとなってきております。
昔から「薬は苦いもの」と言われてきたように、やっぱり!との感じを強く受けてはおりますが、このような苦みを旨い!とか、美味しい!とかで表現できるのであれば問題はないのですが、この場合の苦みは旨いや美味しいとは縁遠いものになり、食べ物とは相性が悪いため「美味しくない」食べ物にしてしまいます。

ともあれ、すだちは今が旬です。
本場徳島では9月から10月始め頃までがすだちの収穫期となっていますが、9月中頃を過ぎた今頃は収穫の最盛期を迎えており、すだち玉の太り具合も上々の頃です。
すだちをはじめとした香酸柑橘類は、未成熟の時は堅くて手搾りには不向きですが、熟れてきますと皮が柔らかくなり、難なく搾ることができます。
現地の栽培者の話では、手搾りをするすだちは収穫してからしばらく放っておくとやや黄色みがかって、さらに柔らかくなるので簡単に搾れるとのことでした。
実際にやってみましたら簡単に搾ることができましたが、際だった酸味が薄らいでおりましたので、やはり熟れた緑色のすだちを搾るのが一番かもしれません。

搾り終わった果汁のことばかり褒めてきましたが、先ほどから申しているとおり皮の部分には未だ未知の有効成分が一杯詰まっております。
「搾った皮を少しかじると身体によい。」ことを昔からそのように教えられずっと続けてきていることは、そうすることが何かしら身体によいと信じられてきた証だと思います。
昔からずっとやってきたことに間違いはありません。

嫌われものの苦い皮にも、もしかしたら、未知の世界から脚光という光がいきなり当たる時がくるかもしれませんですネ


2008年09月18日

一言!

「一言!」というメールが入っておりました。
うん?
ナンのことだろうと思い、メールを開く前にカーソルを合わせましたところ、右ブースに表示された内容は

「質問ではないのですが、一言」

の書き出しの文章が目に入りましたのでメールを開きました。
かいつまんだところの内容はこうです。

≪かにを食べるのにはいつも御社のかに酢を使っています。使い切ってしまったのでいつもの店に買いに行ったところ扱ってなく、やむを得ず他のものを購入してかにを食べたが全然うまくなかった。
何種類かのかに酢を試してみたがやはり美味くない。
かにを食べるときはやはりこのかに酢でず~と食べたいので、是非、末永く販売して頂けることを念願しています。
近くで販売しているところを教えてください。≫

とのことです。

嬉しいですネー
小生は、一方では無類の感激屋さんでもあるので、ついつい「プレゼントしちゃおうか。」と思ったほどでした。
食品を製造している者にとって、何が一番励ましになるかというと、商品を購入し消費された方が、その商品の中身を高く評価して頂き、そのコメントを頂けることです。
およそ、このようなことは面倒なことで、殆どの方は当たり前のように流してしまいます。
でも、名の通った場所での食事の席でよく目にする作法には、料理を作ってくれた職人に対する労を称える賛辞の儀礼があります。

「一言!」という端的な言葉で表現したセンスもすばらしいものが感じ取られ、頂戴したお褒めの言葉は自然とわき上がる「やりがい!」をもたらせる金言でもあり敬服するばかりです。
小生が百の褒め言葉を持ってしても、かなうはずもない何層倍もの威力がこの「一言!」にあることを教えられた貴重なメールでもありました。


2008年09月16日

今が旬!のすだち

先週の金曜日12日に徳島に行って参りました。

旬!

今が旬のすだちです。

日本語の中で最も好きな言葉の一つに入ります。
「旬」という季節感を、つい忘れがちな都会生活には、時々リフレッシュして、旬を探しに出かける機会が大切であると考えております。

この果実は濃い緑色が特徴です。
包丁で二つに切ると周囲はたちまち爽やかな香りに包まれ、夏場にダメージを受けた胃を刺激してくれます。
味わいにはキリッとした、際だった酸味があり、これもまた身体全体をリフレッシュしてくれる気が致します。
それぞれの枝には、およそゴルフボール大のものがびっしりと付いており、豊産系であることがわかります。

これからしばらくは、二つに切ったすだちを単純にチュッと搾ったチューハイで過ぎゆく時間を楽しむ日々が増えていきそうです。

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2008年09月02日

初秋

9月に入り、ススキの穂も一人前に垂れ下がるようになって参りました。
朝夕の涼風はホッとする時間をしばし与えてくれております。

今朝の天気図を見ると、低気圧に包囲された日本列島となっておりましたが、このような天気図の時は、低気圧の間を温かくしめった空気が北上して雷雲が発生し、各地に雷雨をもたらすので注意が必要と予報していました。
このところ、各地でゲリラ的な豪雨により被害が出ておりますが、台風と違って予見しにくい状況が顕著です。

現在の経済状況も、最近の天候状態とどこか似通ったところがあるように思えてなりませんが、つい先日のこと、ある企業が不渡りを出したそうです。
企業所在地においては伝統と歴史を誇った中堅企業としての実績があり、業績は順調であったようでした。
実際のところは聞いてみないとわからない深い事情があると思いますが、経営者の責任の重さを自覚させる出来事でもあります。
小生が大阪に来てから5年余の間、把握できているだけでも実に倒産3件、廃業3件、連絡不能3件の出来事に遭遇しております。
関わりのある人達の次の人生はいったいどうなるのだろう、と他人事でも心配になりますが、善人の顔をして他人の心配をしていられる状況に今はないのが実情のところです。
本当にどうなるのでしょうネー

さて、日曜日にスーパーに買い物に行ってきました。
お店に入るとすぐのところに、鍋物グッズが満載です!
もう秋になったんだ…
と、今年も夏の終わりを告げて秋を知らせる光景をスーパーで知ることとなりました。
アキアカネの大群が三沢川の広い河川敷を、それこそ我が物顔に、所狭しと乱舞していた光景が久那土の今頃の風景で、懐かしい故郷の情景が昨日のことのように思い出されます。
あれだけの大群が、よく互いがぶつからずに舞っていられるものだと感心しながら飽きずに見ていたことを思い出します。
次第に薄闇に包まれていく河川敷には、どこからかリーン、リーン…キンキロリン…と虫の鳴き声が聞こえてきます。
三沢川の松虫はキンキロリンと鳴きます。
違う違う!どこの松虫もみんな一緒でチンチロリン!
と、誰かに言われそうですが、そのころの小生の常識も確かにチンチロリンでしたので、かなりの時間チンチロリンではないかずっと耳を澄ましておりました。
試しにチンチロリン!と復唱もしてみました。
でも、どうしてもキンキロキンとしか聞こえません。
キン、キン…キンキロ!
時々、へんてこりんな鳴き声を出すものもおり、新米松虫が賢明に練習している状況が感じ取れました。
何せ、三沢川の松虫は他所のものよりすこぶる元気がよいから、キンキロリン!と勢いよく羽を鳴らしていたのかもしれません。
日本国中の松虫全部が同じ鳴き声、というのも納得がいかないことですから、久那土の松虫は元気さが違う!ということでそのときの小生の疑問は解けた次第です。

物憂い秋の始まり…
もう少し爽やかな気候となれば、身も心も晴れ晴れとするのですが…


2008年08月25日

繁栄と家族の絆

…選り分けたスイカ一つ持って友と会う…

いいですネー
定年を経て、猛暑の中、直接頭に太陽の光を受けても照り返すほどの勢いを持っている平成の信玄入道様が、自宅の畑で丹誠込めて栽培していたスイカの、その中でも選り分けたものを持って友に会いに行く…
還暦を超えてもなお、時間が縮まらない関係でいられるのは、夢と希望ではち切れんばかりの空間を共有した小中学校時代の同級生だからだと思います。

それぞれが、みな、等しく相応の充実した社会貢献の時期を経て、その大切な友にスイカを持っていった友も、それぞれみんないい人ばかりです。
せっかく?持っていったのですが、当の平成の信玄入道様は現役時代に鍛えに鍛えた「アポ取り」の常識を実行しないで、いきなり「飛び込み訪問?」をしてしまったものですから、友はゴルフに行っていて留守だったそうな…
ウーン、みんなそれぞれに体調管理に精出しているんだ。
負けていられないけど…
何せ、「石部金吉」なんて呼ばれていたこともあって、そんな、もっぱらハイソサエティの方々が親しむゴルフなんかには全く縁がないし…
未だに小生の○○性分は変わってはいないようです。

ところで、今日の大阪の気候ですが、ズバリ、涼しい風が吹いております。
急に、まさしく急に涼しくなりました。
あの猛暑とか酷暑とかが別世界のことのように感じられます。
会社前の公園では、ススキの穂がわずかずつですが垂れ始め、夏から秋への季節の変わり目を伝える最初の使者として、いっぱしの役割を担っているように思えます。

会社の隣地には新築の家も建ち、祖父母と若夫婦らの新生活が始まろうとしております。
総勢10名からなる家族の集いは、昨今では珍しい三世代が同居する形となります。
あえてこの形を選択したのは、それぞれの持ち場でそれぞれが持っている力を合わせた家族の繁栄を望んだからにほかありません。
この固い絆は、この地に集う家族全員の繁栄をもたらすものと信じてやみません。

さて、涼風に誘われて、まもなくポン酢の季節到来となります。
今年も美味しいポン酢が作れますように、涼風とともにやってきた季節と家族の絆に感謝!感謝!で一杯です。

2008年08月21日

夏の終わりに、なぜ「かに酢」?

…コオロギの 初音に夏の 終わりかな…

暑かった…
今年の夏もようやく終盤にさしかかってきており、朝夕の風も心なしか涼しく感じられるようになって参りました。
うだるような、との表現がそのまま当てはまる日々が続いた今年の夏でしたが、ようやく一息入れるところにきております。

初夏から始まった「鮎とたで酢」のシーズンも一息入り、秋からの定番である「鍋物とポン酢」とのバトンタッチの機会を伺っているところです。 
季節を感じさせる食べ物の脇役でもある調味料は、時には主役を引き立たせる役割を担っていることにより、季節の移ろいに愛着を覚えることとなるのはごく自然の成り行きだと思っております。
このように考えてみますと、季節の移ろいと食とには切り離せない密接な関係にあることかがおわかりになると思います。
人々は季節と食とを上手に融和させながら、いろいろと工夫を重ねて悠久の時を刻んできたのですね。

さて、昨日のこと、まだうだるような暑いさなかに「かに酢を購入できるところを教えてもらいたい。」との問い合わせがありました。
「美味しいかに酢を探していたが、仕出しに入っていたかに酢を食べて問い合わせた。」とのことでした。
ここのところは大変誤解されやすいところですので最初に断っておかなければなりませんが、小生の経験上から申しますと「美味しいかに酢」というものではせっかくのカニを美味しく食べることはできないと思います。
本当に誤解しないでもらいたいのですが、「美味しいかに酢」ではなくて、「カニを美味しく食べさせてくれるかに酢」であるかどうかが重要なのです。
本来もっているカニの甘みと旨味をいかに引き出してくれるかが「かに酢」の役割にほかならないからです。
ですから小生のところのかに酢を「美味しいかに酢」と説明したことはありません。
「カニを美味しく食べさせてくれるのがこのかに酢です。」と説明しています。
小生の言い回しについて説明不足のところが多々あると思いますが、ここのところは個々の味覚の問題としてご勘弁願いたいと思います。

カニは生きているものを焼いて食べるか、塩ゆでにしてその場で何も付けないで食べるのがベストであることはどなたでも知っていることです。
しかしながらここで問題なのは、生きているカニがいつでもどこでも簡単に入手できないことにあります。
流通の問題もあったりして「冷凍カニ」が手軽に入手できるカニの主流を占める所以となるわけです。
そこで「かに酢」の真骨頂が問われることとなります。

小生が最も強調したいことは、冷凍カニに生きているカニと同じ味を求めることは無理があるということで、むしろ全く別の美味しい食味を作り上げてくれるのが「かに酢」の役割である、ということです。
美味しさは個々の味覚の話ですので、異を差し挟むつもりはありませんが、誰が食べても美味しい生きているカニと冷凍カニを比較することにはかなり無理があると思いますし、ましてや、昨年捕獲されたものなのか、一昨年なのか、それとも…
表示記載がされたものを見たことがありませんですよね。
かに酢が介在することにより、冷凍カニがむしろ生きているカニとは別の美味しい食味を提供してくれるのであったら「美味しいかに酢」と表現しても違和感がありません。
問い合わせをされた方が最も言いたかったことはここのところだと思います。
そういう存在感のある「かに酢」であることを目指しております。


2008年08月12日

ナギンデー

暦の上では立秋も過ぎ、立秋という響きから夕刻になって吹き出す風も心なしか涼しさを感じられるようになって参りました。
でも、日曜日午後3時過ぎのアスファルトとコンクリートで囲まれた繁華街の温度は36度でしたので、出歩かない方が賢明ともいえる猛暑日でした。
琵琶湖を源流とする一級河川の淀川が近くを流れているので、さどや涼しい川風が吹いてくるものとばかり思っていましたが、どうして、夜になっても温度が下がらないのは、この守口界隈もいわゆるヒートアイランド状態となっていることからでしょうか。

ともあれ、まもなく「お盆さん」を迎えます。
家族が大勢いて、賑やかだった子供の頃、供物を供え、迎え火を炊いてご先祖をお迎えし、子供会が主催する三沢川での「ナギンデー(新盆を迎えた家から拠出して頂いた杉の木や檜、孟宗竹などの先端に、麦わらで蜂巣状の受け皿を作り、倒れないように四方を針金で張って支えた塔のようなものを立てます。別に、小石を芯にして布きれを巻き、針金でギリギリと縛りながらソフトボール大の布玉を作り、1メートルほど針金をのばしてその先端を丸くして指が入りやすく作ったものを石油に浸し、火を付けてグルグル回しながら蜂巣状のところめがけて投げるもので、子供の頃は夏の害虫退治のために行うものと教えられていましたが、どうも古くから伝わる川にまつわる様々な思いを鎮めるための行事のようです。そういえば、三沢川が氾濫し、橋が流され道路が決壊し、人が流されたことを覚えています。)」は大人の盆踊りとは別の子供の重要な盆行事の一つでした。
外灯の少ない田舎でのことです。漆黒の中にゆったりと回りながら夜空に舞い上がり、遠目にはかなりの時間をかけて彼方に落ちていく火の玉は、暗闇をキャンパスにした幻想的な火の舞のように見えたものです。

大人も子供もご先祖様も、みんな一緒になって盆踊りを楽しみ、キュウリやナスでこしらえた精霊馬を三沢川に流し、ご先祖様にお帰り願う送り盆までの一連の盆行事も、今や子供の頃の思い出の中にしかたどることができません。
正月行事はご先祖様を迎える初春の行事としたならば、初秋の盆行事はやはり心なしかうら寂しい何かが重なり合います。
齢を重ねて田舎を意識すればするほど、ご先祖様を迎え入れる場所をなくしたことはやるせないどうすることもできない寂しいものが突き上げて来てしまいます。
田舎とは、そういう存在であったのですね。

…盆の里 家族集いし 三沢川 太き流れも河鹿も失せて…  


2008年08月04日

無事、これ名馬なり!

猛暑に関わらず訪問される方には大変気の毒に思います。
まずアポ取りの電話があり、来社して挨拶を交わした言葉遣いでほぼ目的が見て取れます。
それにしても、また値上げ!
それでも、できあがった商品に値上げ分をそのまま転嫁できれば良いのですが、殆どの原材料が値上げされ、再々度値上げ予定もある現状下で、製造する側としては安易な転嫁が良いとは思えませんし、このようなときこそ知恵を絞り、何か別の方法を考えることの方が大切ではないかと思います。
いくつかある要因の中で、資源のない我が国では唯一の技術力をもって対抗できていた訳ですが、コストを下げるために人件費の安い国に工場と技術を持って行ったために若者は雇用の機会を失い、技術の継承もできなくなり、ローコスト・大量生産・廉価品は「商品の多くは使い捨て」傾向に誘い「もったいない」言葉を世界共通語に押し上げてもおります。
このような状況下で、後継者問題は日本の中小零細企業の存続を脅かす大きな要因ともなっています。
雇用の機会が失われたため失業率も高くなり、日本社会の安全神話も崩れつつあります。全てはこれらのツケが来ているのではないかと思いますが、歴史は繰り返す?の例え通りだと思えませんか?


ついこの前のこと「資産もあり無借金経営の会社ですが、後任社長のなり手がいない。誰か知り合いに情熱をもった人がいませんか。社長さんはあと何年するつもりですか?」
オッと!白羽の矢、ですか!
「ずっとです。」
躊躇ない小生の答えに話題がとぎれましたが、黒字経営の会社にも、まさかのこのような悩みがあるとは驚きました。いっそ、頑張っている中小零細企業に資産を譲って、後顧の憂いなく悠々と余生を送られたらホント、清々すると思いますがいかがなものでしょうか。
なかなか、中小零細企業の現状には目に見えないところでどうすることもできない厳しいものがあるものですね。


これまでは小生どもの商品は「値段が高すぎる!」との声がありましたが、最近になって殆ど聞かなくなりました。今では「いよいよ時節到来ですね。」と言って後押しをしてくれる声が多くなってきております。
安いものを買うことに異議を差し挟むものではありませんが、良い商品を作ってその商品にそれなりの値段を付けることに躊躇はありません。
「高くて売りにくい」ということとは別もので、商品の内容にお客様が納得して頂けるのであれば値段が高くても何ら問題はない、と小生は考えております。
もちろん、知恵と工夫を凝らすことは大切なことであり、良い商品を少しでも廉価に製造する努力を惜しむものではありません。


安価な商品と品質の間には、商品を選択する際において「錯覚」に陥りやすい何かが潜んでいるように思えます。目利きを媒介にした、より安い値段のものを瞬間的に選ばせる競争心理に問いかけるものです。
競争心理は、誰よりも早く手に入れたい願望を満たしてもくれます。
もしかして、選ぶことより知らないうちに「錯覚」によって選ばされているのであったらどうでしょうか。
じっくり選ぶ、ということは単純な割に意外と大切なことかもしれません。


また「良いもの」の定義や基準はどうやって決めているのだろうか、ということにも興味があります。
インターネットの普及により、今や口コミをビジネスにしているところもありますが、自信をもって第三者に紹介できるものは、古くから唯一手堅く安心できる良品として多くの人に支持されてきました。
伝統の○○、老舗、本舗、元祖、創業○○年なども長年にわたり顧客に支持されてきた証です。
多くの顧客に支持されてきた証には重いものがあり、絶対揺るがない商品に対する自信にも繋がっていることと思います。


〃無事、これ名馬なり〃とは、小生の恩師の言葉でもあります。

2008年07月22日

「美味しさ」とは

日が昇る前の、まだ起きるのには早すぎる時間からミンミンゼミが狂ったように一斉に鳴き出して目が覚める日々が続いています。
夏になると睡眠不足になる原因の一つはこのミンミンゼミの一斉鳴きにあります。
まさか樹液を吸い尽くされることもないとは思いますが、信じられないくらいの集団でミンミンゼミが1本の樹にまつわりついています。
地球温暖化の一つの現象としてみている学者もいるようですが、それにしても他の蝉はいったいどこに行ってしまったのでしょうか。

真っ暗になった空からいきなり雷鳴がとどろき、大粒の雨がドサーッと落ちてくる不安定な天候が続いておりますが、時にかまうことなくそれでも明日からは8月となります。
暑い暑い!といっている期間もあと20日あまり…
あっという間の何とやらになりませんように、少しは夏らしきものの恩恵に浸りたいと思うこのごろです。
とりあえず、仕事を終えたあとの一杯!のおいしさは格別ですが、本当のところは一杯汗を流したあとの爽快感の余韻をもって一杯!を所望したいところですが、デスクワークに明け暮れている現状ではその爽快感に巡りあっておりません。
そうです!
夏になるといつも思い出すのがこのことです。
美味しいものを飲みたければ、汗を一杯流して身体が自ら要求するような状態を作れば、摂取するものはどんなものでも美味しく感じるはずです。
「のどを鳴らす」という言葉の表現がありますが、まさしくそのように状態をいっているように思えます。
ゴクゴク、グビグビ、ゴックンゴックンなどはそのような状態をよく表しております。
つまり、無理矢理飲むのではなく、体内に水分を補給しなければならない、飲みたいような状態を作ればどんなものでも美味しく頂ける、ということになります。
少し話題がそれますが、江戸時代の庶民の食事は1日2回だったことを何かの書物で読んだことを覚えておりますが、その回数より多く食事をして、さらに間食や糖類の入った飲み物を、ほぼ一日中ダラダラと摂取している現代人は、食べ物の本当のおいしさを知らないのではないだろうか、と思うようになってきました。
普段身の回りにあって、蛇口をひねるといつでも勢いよく飛び出る水は飲んでもさほど美味しく感じません。
その水がどこでも手に入らない山登りの一休みしたところで飲むと別物のおいしさを感じます。
スポーツのあと、しばらく身体を休めてから飲むビールの味はさらに格別なものとなります。
「この世の中で最も美味しい飲み物の発明はビール」といい切った有識者もいたほどです。

夏だからこそ、節度を保った食事を心がけ、間違っても間食や糖類の入った飲み物の摂取を避けて、美味しい!と感じる健康的な食生活に徹したいと思います。


2008年07月11日

空蝉

大阪の夏は暑い!の一言です。
全国一暑いのも大阪だそうです。
3日ほど前にここ、大阪守口ではミンミン蝉の初鳴きを聞きました。
またこの大阪に暑い夏がやってきた!の実感です。
東京にいたときも大阪にきてからも、都市部ではミンミン蝉の鳴き声しか聞こえませんが、ミンミン蝉は都市型の蝉で「地球温暖化に大いに関係がある。」とは今日のセミナーでの某大学教授のコメントです。

小生の田舎、山梨の久那土ではこの時期、小型のニイニイ蝉がやかましく鳴いている頃だと思います。
その次に大型のアブラ蝉が鳴き始め、アツーい夏に突入致します。
不思議なことに、ニイニイ蝉はクヌギの木などの落葉樹に多くおり、アブラ蝉は松などの常緑樹に多くいたことを覚えております。
生家の裏山にはご先祖様のそのまたご先祖様の祖となる墓があり、土盛りが残っているだけの古い墓所も多く残っておりましたが、周囲は大きな松の木やクヌギの木などの林となっており蝉とりにはもってこいの場所でもありました。

現在は菩提寺に先祖を祭るようになっていますが、集落の基礎を築いたご先祖の祖はそれぞれの家の裏山に墓所を確保し、代々のご先祖が見守る形で集落を形成していったものと思われます。
小生の生家のあるところはその昔、一番高い場所に総本家(ご先祖の祖) が住み、そこから分家するに従って下方に降りていったので、集落には道路がほぼまっすぐ上に伸び、下から上って行き着いたところが総本家で、それぞれに3本の道路がありましたので起源は3軒の総本家から成り立った集落であることが道路をたどることによって理解することができます。
その集落の一番上にある総本家3軒の裏山にはそれぞれのご先祖の眠る場所があり、小生の生家の本家に当たる古いご先祖は総本家からの分家ですので裏山の別の場所に眠る墓所がありました。
子供の頃には、まず最初に裏山の墓所へのお参りをされられ、終わってから菩提寺にいって本家のご先祖にお参りをしておりましたが、何もわからないままそれぞれの墓所に手を合わせていた思い出があります。

同じ日本の空気を吸っているとはいえ、還暦をすぎた今なぜ大阪なのかと山梨と大阪の距離に人生のなんたるかを考えさせられる大阪の夏でもあります。

…蝉時雨 名もなき墓のにぎわいも 時に流れて空蝉となる…

2008年07月03日

夏の味覚「苦み」と「辛み」

宮城県の方から「たで酢を売っているところを教えてください。」」の問い合わせがありました。

宮城県は7月1日鮎解禁になったそうですが、これで鮎解禁が出そろい、日本列島はいよいよ本格的な夏に突入することとなります。
食卓には茹でトウモロコシや枝豆、キューリともろみみそなどまさに夏の定番ともいうべき食材が満載で、夕食時の食卓をにぎわしているものと思います。
夏の青野菜は、日本の夏を乗り切るのに不可欠な食べ物が多く、まさに凉を呼ぶものとなります。
中でもキューリは体内温度を下げ、その苦みは食欲増進作用があることでも知られています。
ただ、新鮮なもぎたてのキューリでないと苦みが残っていないかもしれません。
ヘタ部分を少し切ってすりあわせるとその苦みがとれると母親に教えられましたが、子供のことですので気にすることもなく、そのままガブリ食べをしていました。
また、キュウリを薄く切ったものを額に乗せ、熱冷ましの代用として使用したことや、やけどにも使用したことを覚えています。
暑くて食欲のない時でも、塩もみのキューリだけはたくさん食べることができて、あの独特の苦みがさらに食欲の後押しをしてくれていたことを覚えています。
さらにあの独特の香ばしい匂いが食欲をそそる焼きトウモロコシは何本食べても飽きることがありませんでした。
夏の食べ物はそれなりにそれぞれ大切な役割を持っているものですネー

「鮎の内臓の苦みとタデの辛みがお互いに絡み合ってそれぞれの苦みを打ち消している。」とは、小生が栽培をお願いしているタデ栽培者の言葉ですが、もしかして、鮎の内臓の苦みもタデの辛みもキューリと同じ役割を持っているのかもしれません。
これらのことを考えるとき、今日まで忌み嫌われていた「苦み」や「辛み」は、実は夏を乗り切るための大切な味覚として見直され、むしろ夏の必須栄養素としてその地位を不動のものとして甘みより重宝されるやもしれませんですネ


2008年06月26日

正直者は馬鹿を見る?

「正直者の業者は馬鹿を見る。」今朝の日経新聞にウナギ産地偽装に絡んで地方の養鰻業者のコメントとして掲載されておりました。

日本人は「恥を知る民族」であり、新渡戸稲造著「武士道」によれば、日本人の精神の基盤は武士道にあり、義・仁・勇・礼・誠・名誉・忠義などによって己を磨いた、とあります。

ですから、決して「正直者が馬鹿を見る。」ものではなく、むしろ尊ぶべきものであったはずです。
いつから…そうなったのかを嘆くより、正直者を尊ぶ日本人魂をもう一度呼び戻したいものですネ。

さて、6月も後段に突入し梅雨明けもまもなくかと思われますが、ここは一つスカッ!と、どこまでも見渡せる青空が欲しいところですネ。
忌み嫌われている梅雨も、田んぼには必要な水を補給してくれるし、そこかしこに咲いているアジサイはハッ!とする妖艶さを見せ、梅雨時のクラーイ気分を和ませてくれてますので、それぞれがそれなりに相応の役割を果たしている健気さを日本人特有の懐の深さを持って受け止めてやりたいものです。

「夏が来ると冬がいいと言う。
冬が来ると夏がいいと言う。
……   
……
おれがおれがを捨てて、おかげさまで、おかげさまでと暮らしたい。」

誰が作ったかは不明ですが、小生の好きな言葉の一つでもあります。

2008年06月20日

鮎売り

「京都では昔、桂女(かつらめ)とよばれた女性達が鮎を売り歩いていた。」との記事が12日の日経夕刊関西版にありました。
京都大原女の花売りのことは知っておりましたが、桂女と呼ばれた鮎売りの女性が京都にいたことは初めて知りました。
京都に都がおかれていた頃のことでしょうから、海辺から遠い都には様々な方法でいろいろな海産物が運び込まれ、塩漬けにした鯖を運んだ「鯖街道」はその名を今に残しています。
日本海沿いにはヘシコと呼ばれる鯖などを糠漬けにしたものが土産物として売られていますが、地域によってはいろいろな保存方法があるものですネ

海から遠い都では、もっぱら近くの川辺で捕れる新鮮な川魚を好んで食べていたことが伺われ、鮎を持ってしても、京都には「桂女」といわれる鮎売りをしていた女性がいたという、都大路の古き良き日本の夏を彷彿させる情景がしのばれるところですね。

今年の鮎漁は豊漁が期待され、夏の走りのこの季節、店頭にはたくさんの鮎が並んでおります。
今夜は一つ奮発して、焼きたての鮎の身をひとつまみ、たで酢につけて召し上がれ!


2008年06月11日

たで酢と鮎

古くて新しい話題、それはたで酢と鮎の話。

たで酢(タデ酢)になじみのない方に、ざくっ!と説明させて頂きますが、これがなんと川魚に限らず海の魚とも相性が良いのです。
それでは肉には不向きなのか、と思われる方がいると思いますが、どうしてどうして、意外?なことに肉料理もまた相性がよいのです。
相性の元となるものはナンだろうかと考えてみましたら、「生臭さ」という匂いにあるのではないかと考えております。
たで酢は、一方で生臭い匂いを消してくれる効果が期待できるのです。
こんなところから、小生はたで酢に少量の醤油を垂らししたものを納豆など匂いの強い食品を食べるときに和えて食べて頂くことをおすすめしています。

それでは、いったい日本人はいつから鮎をたで酢で食べ始めたのでしょう。
万葉集には鮎を詠んだものが数種見られ、古の人々は、海の魚よりも鮎や鯉、スズキなど川の魚をこよなく愛していたことが伺われます。
大変興味があるところですが、鮎とタデ酢の関係についての明確な文献に出会っていないので、確信を持ってコメントすることができません。
一昨年6月に「日本の伝統調味料 たで酢」のテレビ取材があり、室町時代の料理書四条流包丁書(1489) に「魚料理にはタデ酢(タデズと濁るそうです。)が合う」と紹介されていることを映像で確認させて頂きました。
そもそも、選ぶのに一苦労するほどあふれている現代版調味料と違い、塩、酢、酒、醤など、限られたものだけで味を作っていた時代のことですので、当時のたで酢は大変貴重な調味料ではなかったかと推測することができます。

「清流の女王」といわれる鮎の遡上に合わせて、その水辺でこぼれ種から芽を出し成長していく「タデ」との関係は、どこか不思議なロマンを感じさせ、他方でいろいろな呼び名を持っているところも似ています。
氷魚、子鮎、若鮎、香魚、年魚、落ち鮎等々、季節や成長の移ろいに合わせてその呼び名を持ち、魚体はどこまでも美しく、そこから発する香りはメロンともスイカとも例えられております。
タデ(食べられるタデ)は、そのアユの遡上する川辺に育ち、マタデ、ホンタデ、ヤナギタデなどと呼ばれ、市場においては鮎タデ、笹タデ(いずれも栽培されているタデ)とも呼ばれております。
刺身のつまに出されるのは発芽後すぐの芽タデで、赤い色をした紅タデと緑色のアオタデを見たことがあると思います。

現代における「たで酢」の利用法は「鮎」のみ、のところからさほど進展をみておりません。
小生はこのことを真剣に考え、どうにかして「たで酢」をもっと利用して頂き、いいろいろなおいしい食べ方があることを多くの人に知ってもらいたいと願っております。
小生は最も伝統的なスタイルの「タデ酢みそ」が大好きです。
大阪では夏の定番として提供される「豚の冷しゃぶ」に特に合い、かけてもつけてもよしの優れものです。
タコのぶつ切りは、これもキュウリの薄切りを合わせて夏料理の一品となりますが、これにも実によく合います。
そうそう、できればみそは「白みそ」でお願いします。
他にも、タデ酢に醤油を少し垂らして野菜ドレッシングなどにもグーです。

梅雨が終われば夏本番!
古くて新しい食べ物「タデ酢みそ」で今年の夏を乗り切ることを是非!おすすめ致します。

2008年06月07日

たで酢への問い合わせ

各地で鮎釣りが解禁になったせいでしょうか、たで酢についての問い合わせが引きも切りません。
何でも、今年は例年になく鮎の遡上が増えているとの各地からの情報が入っているとのことです。
これも温暖化のせい?
昨年は増水による水の濁りのため、一昨年は渇水のため鮎の遡上が少なかったようですが、ともあれ、今年の鮎の遡上が増えてくれていることに感謝せねばなりません。

昨年は北海道の方からも問い合わせがあり大変驚かされましたが、結局、沖縄県に至るまで対応させて頂きました。
よくよく考えてみますと、四方海に囲まれている日本では、卵から孵化して若鮎になるまで海で育
つ鮎がどこの海から遡上してきても不思議ではありませんが、それにしても沖縄にも鮎がいるのかな、と少し疑問に思って聞いてみたら、実は関西から移住した方で、無性に鮎を食べたくなってこちらから郵送してもらったそうですが、届いた鮎をいざ食べる段になって「たで酢」がなかったために問い合わせがあったことがわかりました。

全国津々浦々にまでに「たで酢」を普及させることはなかなか至難のことかもしれませんが、「たで酢」で鮎を食べる食習慣を持っている関西人が全国と交流する際に「たで酢」の親善使節となって頂けたら意外と早くに普及するかもしれません。
その日のくるのを期待するためには、良い商品つくりをしなければいけません。
いま進めている「新たで酢」試作品は、まさにその期待を一身に受けていると言っても過言ではありません。
試作品は社員全員に持って帰ってもらい、月曜日に味についての感想を聞くこととしております。


2008年06月05日

非凡

世の中にはすごい人がいるものですネー

「人間は下から覗いて初めてその価値や真価が分かる」

若いころ心身の鍛錬の場で、有識者から聞いたことがありましたが、目の前で突然の形で語られたのにはただビックリ!です。

要は「浮浪者の仲間に入って道ばたに座り、歩く人の足を眺めているといろいろな人生模様が分かってくる。」ということです。
理屈としては分かるような気がしますが、恥も外聞も捨てて果たして浮浪者になりきって人の行き交う道路に座ることができるかどうかです。

その方は経営していた会社が倒産し、裁判の結果個人破産の手続きを経て、1年余の間浮浪の経験をしたそうです。
自ら滔々と語られ、さながら人生を超越した様が感じられ、全ての事象に対して悠然とした捉え方をしているように見て取れましたので心境を伺いました。

「物欲が消えて、今は一切そのようなものがありません。」

そのように答えてくれました。

ウーン… これは神か仏か、さてまたこれもまた非凡なるが故のなせる技か…

「自己破産判決に際して、債権者から恨み節や意義を唱える人が一人もいませんでした。裁判官も驚いておりましたが、自分でも不思議なことと驚いております。」

誠心誠意を尽くして整理をしたから債権者から理解を得られたのだと思います。

「今はおかげさまでこの様な生活をさせてもらっていますが、巻き返してやろうという心境はありません。」

ウーン だから物欲が消えたのかもしれません。

海舟翁は「毀誉恬然」と言われたが、この心境は非凡の領域にあるが故に出てくる言葉で、翁を切りにきたはずの坂本龍馬は翁に会ってたちどころに帰依したと伝えられておりますが、同様に翁が言われた「名利超然」たるところに実はこの非凡な領域があると小生は考えております。

平成の御代に人を切る刀はいらないことは当たり前のことですが、「生き様」というものに人生を掛けるところの「人生の達人」については、小生が特別興味を持っている領域になります。

2008年06月01日

目撃

今日は大変な事件に遭遇致しました。

「ドン!」と大きな音とともにいきなり車が電柱にぶつかり大破しました。
後ろからぶつけた車は止まることもなくそのまま逃げていきます。
あれはナンだ!
ぶつけられた車からはガソリンが大量に漏れています。
危ない!近づくな!

110番!

記憶したナンバーと逃げた車の特徴、運転していた男の特徴を110番しました。
周囲は大変な騒ぎで、近隣の犬はおびえて吠え続けています。
おまけに高速道路の音までうるさい喧噪の中での携帯電話での110番はよく聞き取れません。
逃げた男を捕まえてもらうことと、救急車と消防車の手配をお願いして何とか目撃者のするべきことをなし終えました。
幸いにも、この事故を目の前で目撃した方がおり、前車が正しく左折しようとしていたことを見ており、到着した警察官にそのことを話してくれました。
また、ぶつかった電柱の横にある家のご主人は自分の車を出し、小生にナンバーを聞き逃げた車を追いかけていきました。

程なく、追いかけていったご主人が戻ってきて「逃げた車がこの先で動けなくなって止まっている。」と警察官に通報して、事故を起こして逃げた男は警察に捕まりました。

被害者も救急車に収容され、漏れていたガソリンの処理も終えて現場の方もだいぶ落ち着いてきた様子が見え、小生の目撃事情聴取も終わったので、目の前で事故を目撃した方と話をいたしました。

「目の前で事故が起き、車の破片が飛んできたので動転してしまいました。自分も携帯電話を持っていたがどうしたらよいかわからなかった。冷静に110番してくれてありがとうございました。」

「いえいえ、どういたしまして。」

事故を目撃した方々みんなが協力して助け合ったから被害者の救出と二次災害を防ぎ、しかも逃げた男を早期に捕まえることができたのです。

「ご苦労様でした。」協力し合った方々はそれぞれ挨拶を交わして現場を離れましたが、事故の被害に遭われた方には大変気の毒なことでしたが、今日は大阪人が持っている人情の厚さを目の前で見せて頂きました。

2008年05月29日

平草原公園のバラ

先週の金曜日和歌山県にいって参りました。

天気の方は今ひとつというところでしたが、季節はバラの花が満開の時で、あたりは甘い匂いを一杯に漂わせ「私が一番よ!」とそれぞれが得意満面の様を見せながら精一杯「きれい」を強調しておりました。

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2008年05月25日

タデの産地はどこ?

「タデの産地はどこですか?」

このような内容の問い合わせが増えております。
最近の「食の偽装問題」について、いろいろな諸問題が提起されている中で、このような懸念を持つことは至極当然のことと受け止めております。

小生のところのタデ酢に使用されているタデは、兵庫県の特定の圃場で農薬を使用せずに栽培していただいているものです。
このため、小生のところのタデは「兵庫県産の無農薬タデです。」と答えることができます。

良いものとは、栽培者と製造者の考えが通じ合い、土作りから栽培、収穫に至るまで、製造者の監視の目が行き届いていることが大切だと思います。
従いまして栽培者に熱い思いを伝え、意気投合して良い材料を提供してもらうことは製造者の大切な責任だと考えています。

毎年、栽培していただいているそれぞれの場所に何回も通うことは簡単ではありませんが、自分の目で確認するこのスタイルは続けていきたいと思います。

「良いものを作りたい。」という信念を貫き通すためにも…

2008年05月16日

5月の清水寺

京都の清水寺に詣でてまいりました。

あの清水の舞台は人、人、人で一杯でした。
産毛の様を見せる新緑の山々は、ところどころ浅黄色のマダラ模様を見せており、ほどなく深緑色に覆われるであろうその直前の装いであること強調しているかのようでした。

知名度の高いお水取りの場所には、長蛇の列が作られ、それぞれ順番を待っていました。
一度体験をしてみたかったのですが、元来不精者の小生は並ぶのが苦手で、長い時間をかけて順番を待つのには少し無理がありましたので次の機会に譲ることとしました。

それでも、健康でいて、今年も精一杯チカラを出して良い結果が得られるように念じながら下山しました。


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2008年05月15日

夢七福神

数日前のことですが大変気になる夢を見ました。

最初にお多福みたいなニコニコ顔のおばあさんが現れたので挨拶をしました。
そうしたらおばあさんはニコニコ顔のおじいさんを連れてきて紹介してくれましたのでおじいさんにも挨拶をしました。
今度は、そのおじいさんがお大尽を紹介してくれるとのことで、円卓に座っている5人のところに連れて行ってくれました。
皆さんニコニコして迎えてくれてます。

最初に紹介された方は広やかな顔をした人で、耳が大きかったのを覚えています。
次に紹介された方は女性のような感じがしましたが、挨拶を終わったところで目が覚めました。

夢か…

いや、待てよ!

最初の老