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2010年12月28日

今年もまもなく

上野公園には落ち葉を集めて一夜の臥所にしている人がおりました。
外気温度は2℃、身をつまされる思いで近くを通り過ぎましたが、一体、この寒空に何を求めて生きているのかと、想像することもできません。
ほんの4~500メートルほど離れたアメ横では、すれ違いもできないほどの人の波があり、店先には崩れ落ちそうなまでに積まれたたくさんの食べ物を前に声を嗄らした売り子の叫び声が飛び交い、そのギャップがとても印象的でした。

たまたまでしたが「幸せって何だろうか?」とのコメンテーターの言葉が気になりそのまま某テレビを視聴しておりました。
「現代人の物欲は満たされたが真の幸せを忘れてしまっている。」ともコメントしています。

それでは真の幸せとは何だろうか?

「豊かさとは経済的な側面と精神的な側面が充足された状態を言う。」ともコメントしています。

経済的に充足されても精神的な部分で満足できていない人が多いという裏返しのことでしょうか。

つい、両親のことを思い浮かべてしまいます。

子だくさんで貧乏な生活をしておりましたが、二人とも典型的な田舎の住人であり善人でした。
そういえば、口げんかをしたことも見たことがありません。
貧乏でも、都会にはないそれなりに満たされた生活をしていたせいでしょうか。

豊かさとは、豊かさを求めるのではなく、また豊かでなくてもそれなりのものが得られたらそれでよし、と言う、腹八分目の考え方が実は大切なのではないでしょうか。
衣服でも食事についても、何か他の何かと比較するものがあって、ついチカラを入れすぎてミエの部分が出てきてしまっている自分がおります。

チカラを抜いて、「毀誉恬然」の雰囲気でこの年末年始を過ごしてみましょうか…

2010年12月22日

ゆず湯

今日は冬至。
一年中で昼が一番短く、夜が一番長い日である。
この日を境に少しづつ時間が逆転していくので、節目の日としてゆず湯につかりカボチャを食べて無病息災を祈る行事が今に伝わっている。

ゆずは奈良時代に渡来人によって日本に導入されたもので、現代では日本における柑橘の代表とも言える存在にもなっている。
外国から見るゆずは「オリエントの香り」だそうである。
何となく東洋の、しかも日本の神秘的な風情が伝わる重厚な言葉ですネ

日本列島の隅々に至る広域にわたって栽培されているゆずは、京都から追われた平家の落人によって全国に運ばれたとする説が有力であり、このことからも古来よりその果実は何かにつけて重宝されていたことが伺へられます。

ゆずは果皮から果汁、種に至るまでの果実の全てが利用されており、最近に至っては油性成分を効率よく抽出した「ユズ精油」が話題となっています。
香り成分をギュッと包み込んだユズ精油は、もともとゆずの香りを食品に着香する目的で抽出されたものでしたが、近年、香りビジネスの台頭とともにその役割が拡大され、様々な製品の付加価値を高める役割を担いつつあるように思えます。

生酢が生薬としての役割を併せ持っていた時代にあっては、果実を搾るだけで手軽に生酢が得られるゆずは大変貴重なものとして、ときの権力者の管理下にあったのではないかと推測しても不思議なことではないと思います。

ともあれ、そのような大切な果実が身近に得られる現在に至っても、気の遠くなる長い空間を経てもなおゆず湯という行事が残っていることを考えながら、今日はゆっくりとゆず湯につかりながら、ゆず特有の香りに癒され無病息災を祈りたいと思います。


2010年12月16日

柚子ポン酢

東京では柚子ポン酢が人気だそうです。

昭和35年に大手醸造会社が醸造酢をベースにしたポン酢を発売したのが一般家庭向け瓶入ポン酢の始まりで、遅れること13年後の昭和47年8月にスダチ果汁をベースにしたスダチ果汁入りポン酢を発売したのが当社の一般家庭向けポン酢の始まりでした。

往時を偲ぶと、当時は現在の場所でスダチの玉を搾っていたそうで、時期になると「スダチを満載した4屯トラックが横付けされ活気があった。」とのことである。

関西はスダチ、京都・山口はダイダイ、九州はカボス、東京はユズとなるとポン酢の一大分布図ができあがります。
鍋の中の食材は様々ですが、関わるポン酢の中身が同じものであってもそれぞれのご当地もののポン酢で賑わいを見せてくれるのは楽しいものです。

果汁の違うポン酢はそれぞれに違った楽しみ方を提供してくれ、和食なるが故の細やかな気配りを感じさせてくれてもいます。

ポン酢から苦みやえぐみを取り去る手法は、味から味へ異なる料理へのバトンタッチの際に前味を残さないためだそうである。
ポン酢に限らず、和食の気配りは前味を残さないで次の料理に違和感なく移させることが必須条件とも聞いている。
ひとつひとつの心配りが料理を美味しくさせる総合力となっていることを再認識させられ、引き立て役であるポン酢造りの戒めとして留めておきたいと思います。

さて、このところ急に寒くなりあつあつ鍋が恋しくなっております。
野菜の価格がちょっと高めなところが心配ですが、いろいろと工夫を凝らしてあつあつ鍋を楽しんで頂きたいと思います。

ここでワンポイント、耳寄り情報です。
この時期はユズ玉が出回っており、幸いにも価格は例年並みになっております。
通常使われている市販のポン酢に、二つ割ユズの絞り汁を少し加えればあっ!という間に料亭の高級ポン酢に早変わり致します。

試してみる価値!は大いにあ・り・ま・す・よ♪

2010年12月06日

京の秋最終便

京都の深まりゆく景色を見納めに、冬支度をしたいと思います。

季節は真冬に向かってひた走りに走っています。
秋景色は春の芽生え時期とは全く別の顔を見せており、今が華やぐ絶頂期を見せびら
かすかのように赤や黄色の派手な色合いを精一杯見せて、そして散り急いでいます。
しばし、降り注ぐ赤や黄色の落ち葉に目を止め、冬への心支度をしていきたいと思い
ます。


南禅寺三門

「一般には山門と書かれるが、正しくは三門と書く。」とパンフレットにあります。
入場料を払い、急階段を登ると最上階に出ることができます。

平地の中で唯一高所となっている三門からは京都の町並みを遠望でき、これもまた
格別の趣があります。

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三門を少し下ると天授庵があり、入り口から覗く庭園はそこだけがライトアップによ
りポコンと浮き出ており、さながら別世界の趣を呈し遠方に掲げられた一幅の絵画に
見えます。

四季折々の移ろいの中で何が人の琴線に一番伝わるのか究極の問いと答えがそこに感
じられ、物事を伝えるのに言葉を使うのをあえて避け、しかもこの時期、その一点に
集中して人の視覚にのみ訴える手法は、凡そ他の何者をも寄せ付けない凛とした美し
さを感じます。

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少し歩くと、皇室ゆかりの青蓮院門跡があります。

青蓮院庭園はまさに紅葉の最盛期にあり、落ち葉紅葉にも風情が感じられ印象に残る
ロケーションです。

ここには有名な不動明王童子画像(青不動)が伝えられております。

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平安神宮の右近の橘です。

国内におけるみかんの野生種で、資料によると「日本の固有種は沖縄のシークワサーと
橘の二種である。」との説があり、いわゆるみかんの原種であると伝えられる。

小生の関心は日本の固有種の一種であろうということにあります。
他の柑橘は外来種であり、特に関心の高い柚子は奈良時代に持ち込まれたという記述
があり、柚子に類似する柑橘は近縁種か突然変異、または雑種交配で増えていったこ
とが考えられています。

神社には必ずといってよいほど橘が植栽されています。
現在生食されているみかんとはほど遠い存在に見えますが、柑橘のルーツを知るには
貴重な存在だと思います。

樹勢も立派で、たくさんの果実を実らせていました。

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最後は永観堂のライトアップされた紅葉です。

この季節の紅葉のライトアップでは特に有名なスポットで、開園までしばらくの間、
長蛇の列の一員となり待ちました。

庭園の中では、ライトアップされた紅葉がまさに今、燃えているような真っ赤な色合
いを見せているのもあれば、黄色の色合いが赤色と混ざり合い、これまた深い味わい
を見せてくれているのもありました。


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極楽橋から見る放生池に落ちた紅葉も見事です。

この場所から見る様は、幻想的とも言える空間を見せてくれております。
放生池に落ちて水面を彩る紅葉とのコントラストもまた、別世界の趣を感じさせてく
れてます。
極楽橋とは言い得て妙、ですネ

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画仙堂の前に赤い毛氈を敷いた休みどころがあり、京の甘酒を飲みながら一休止して
しておりました。

どこからか笙の笛が聞こえてきましたので近づいて見ますと、弁天島に渡る石橋の上
に雅な服装の若者が雅楽を奏でておりました。

ゆったりとした時間が流れています。

周囲を真っ赤な紅葉に囲まれた静寂の中に笙の笛、これだけでも絵になっております。

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京の秋…
堪能できましたでしょうか。

さて、本格的な冬がもうそこまでやってきております。
巷にはジングルベル♪の曲一色になって、もう少しで今年も終わりであることを伝えて
くれています。
寒い時期に向かっています。
こんなときこそ鍋にポン酢です。
野菜の一杯入った「あったか鍋」を大勢で楽しんで頂きたいと思います。