« 2008年02月 | メイン | 2008年04月 »

2008年03月30日

できちゃいました♪

念願のものができちゃいました♪
何?何?

新製品のリリース前ですので、もったいぶって言わせていただきますが、申し訳ありませんこれはトップシークレットです!

今日の大阪は雨…
それも冷たい雨です。

昨日バーベキューをやっていてよかった♪
隣の児童公園の桜は見事でした。
八分咲きくらいでしたので、この雨で桜の色もあせてくることでしょう。
何事も、勢いのある時が一番すばらしい。

機を見て敏!
的を外さない行動をとることが大切です。


2008年03月24日

桜咲く!

ポカポカ陽気になった今日、隣地児童公園の桜がいきなり咲いてくれました。
土曜日には、蕾が赤く見え始めてきており、来週から再来週にかけて花見だな、と予想していた矢先のことでした。
咲き始めたばかりの桜ですが、早くもメジロが甘い匂いに誘われ、花の蜜を吸いにきておりました。

一年ぶりの桜です!

風雪にじっと耐え、文句も言わずに、決まった季節が来ると今年もやっぱり咲いてくれました。

本当に正直で、律儀な桜です…

開いたばかりのピンクがかった花を眺めているだけで、胸の中に積もり積もったチリも洗われるようでした。

堪え忍んだ後の桜の花は物言わずとも、その純真な風情を見せるだけで自然と頭が垂れてまいります…

今年もきれいな花を咲かしてくれて、本当にありがとう♪


… 時を待ち 蕾を割りて 桜花 色染めし空に匂い移して …

20,3,24撮影
P1040820_320.JPG

2008年03月19日

恵みの雨

今日、大阪は雨です。
それもかなり強く降っています。
一雨ごとの…
の季節を早、通り過ぎ、草木の新芽にとっては慈愛の雨となりました。
昨年プランターに二株ほど植えた明日葉の周囲には、こぼれた種から早くも芽を出しているのが見られ、その隣にはやはりこぼれ種から芽を出した本タデが顔を出しておりました。

早春真っ先に咲くジンチョウゲやコブシからハクレンに、咲く花の種類も変化してきています。
このころになると、なんといっても花の咲くのを待ちこがれるのがサクラの便り…
日本という国の代名詞にも使われるのがサクラ…
花は桜木 人は武士 
などと、古の人々はそれぞれの頂点であることを称してそう呼んでいたとか…

話題を転じて…

今朝はTちゃんから頂いたフキノトウ味噌でご飯をいただきました。
久那土の香一杯のフキノトウ味噌は、特段、他のおかずを必要とせずにそのままご飯の上から掛けて美味しくいただきました。
ご飯茶碗を口元に近づけると、久那土の香りがプーン…
フキノトウ味噌を掛けたご飯を口中に入れると、口いっぱいに広がる久那土の香り…
ご飯を噛みながらも、そして飲み込んだ後からも、久那土の香りがプーン…

幸せ!

を身体一杯に感じて朝の一時を過ごさせて頂きました。

久那土36会のTちゃんにはこの感動と感謝の気持ちを「ご飯一杯の幸せ」に寄せて伝えさせて頂きます。

… 春告げて 友の送りし フキノトウ 思い遙かに久那土の山河 …  


2008年03月17日

春の温もり

久那土36会の大御所Tちゃんから香豊かなフキノトウ味噌や手造り味噌など、心のこもった久那土の春の温もりが一杯届きました。

昨日会社は休みだったのですが、取り組んでいる新製品について気になることが沢山あったため、一人で出社して試作をしておりましたところに久那土の春が届きました。
包み紙を開けたとたん、ビックリ!正に「春-!」の香と共に詰められた箱の中からフキノトウが一杯こぼれ出てきました。

久那土の春♪
こぼれ出たフキノトウと共に、瞬時に頭の中を駆けめぐる幼きころの日々の思い出…
ムカァー(ムカイ?)のイカリソウ、ワラビデーラ(ワラビダイラ?)のワラビ、カジヤザー(カジヤサワ?)のタンポポとフキノトウ…
小生が子供のころに食べたフキノトウ味噌は、いただいたような上品なものではありませんでしたが、味はまさしくフキノトウ味噌♪
料理の苦手な母は、単に味噌とゆがいたフキノトウを混ぜただけのものしか作ることができませんでしたが、懐かしさはその単純さにあるがゆえに残され思い出されるものだと、はたと気が付きました。

温もりと思い出がいっぱい詰まったTちゃんからの贈り物は、50年もの時を一瞬のうちに戻してくれたチカラがあり、懐かしさと湧き出る感動をそのままに、しばし時に任せてフキノトウを眺めておりました。

春風接人 秋霜持己

古武士の風貌を備えるTちゃんからの贈り物は、正に千金の値のするものでした。


20,3,16撮影
P1040797_320.JPG

2008年03月13日

相性

今年もとうとうやってきました春と呼ばれるすばらしい季節!
鳥のさえずりの声も、心なしかうわずっているように聞こえる季節です。

タンポポが咲き、フキノトウが一杯出てきて、固く芽を閉ざしていたクヌギやナラの木が芽吹き、花を咲かせます。
そうなってくると野山は次第に浅黄色に染まっていき、匂いも強まり、ときにはむせかえるほどとなります。
そのころになるとワラビとイタドリの場所取りの競い合いが始まり、ワラビとりに夢中になって喉が渇くと、そこかしこに群生している、中でもポキンと音を出して折れる若い太めのイタドリを選んで、その皮をむいて喉の乾きを潤していたのを思い出します。
イタドリは不思議とワラビと同じ場所を好んで群生しているので、喉が渇いたときなどは重宝しておりました。
ただ、「酸」が強いため、食べ過ぎますと身体の調子を崩しますので注意を要する野草の一つでもありました。
このイタドリはタデ科の植物であることをつい最近になって知りましたが、意外なところで現在の仕事に関連する植物に早くから接していたことになります。

さて、フキノトウですが、どこで食べたか忘れてしまいましたが、みそで煮込んだのか漬け込んだものかだったと思いますが、みそと和えたフキノトウの味は苦み走った絶品のものでした。
小生の作っているたで酢と白みそ和えも絶品ですが、日本の伝統調味料の中でも、子供のころから慣れ親しんでいる「味噌」との相性は特に抜群です。
これらのことを考えるとき、やはり、日本の気候風土に合っている食べ物同士、すなわち相性ではないかと考えます。
ですから、イタドリもみそと和えたら酸が和らいで、意外といけるかもしれません。
久那土36会のメンバーの中でどなたか試作してみてくれる方がおりませんでしょうか?

ついでですので「たで酢みそ」をご紹介致します。
小生の作っているたで酢を白味噌に少量ずつ入れて、使いかっての良い程度にこねるだけの簡単なものです。
たで酢のテレビ放映の際、ゲストの皆さんから大好評をいただきましたのでホームページで詳しく紹介しております。
たで酢みそのネーミングは和風のイメージですが、実際の使い方はドレッシングまたはソースのような使い方がベストです。
季節の野菜にそのまま上から掛けてドレッシングとして、またタコのぶつ切りなどにも同じような食べ方が抜群です。
極めつけは豚のバラ肉を湯通ししたもの(関西風に豚の冷しゃぶ)を皿に載せ、その上から豪快にたで酢みそをドバッと掛けて食べるやり方は、真夏に食欲が減退するに合わせて是非とも試してみたい早くて簡単の推奨料理です。
意外と感じられる食べ方としましては、白身の刺身にも相性がよいことです。
タコはもちろん、タイやヒラメなどにはピッタリ!といえるほどのものがあります。
こちらはつけて食べるやり方ですが、酸味が効いたたで酢みそはさっぱりと食べられるので、比較的味のない白身魚が合うのかもしれません。

夏とたで酢とみそとは、季節と食べ物の関係から伝統的にもとても相性のよい繋がりがあったものと考えております。


2008年03月10日

土筆(つくし)

小生の生まれ育った甲州の田舎言葉では、ツクシンボーと語尾を伸ばして呼んでいましたが、大阪での一般的な呼び方はそのままツクシでした。
筆が(この場合、毛筆のフデ)土を押しのけてスックと立っている様が文字そのままから想像できます。
ポッカポッカ陽気の昨日は近くの淀川河川敷公園の堤防では土筆を探している姿がちらほら見られました。
小生もつられて探してみましたが、残念ながら発見には至りませんでした。

土筆は筆の部位を摘んで、袴をきれいにして炒め物やおひたしにして食べることができるそうですが、「久那土村周辺における山菜の実勢状況について」などと試験問題が出されたら自信を持って?5が頂けるくらいの小生でしたが、ツクシが食べられるとはついぞ知りませんでした。
農薬などとは無縁のものですが、都会にもこんな身近に食べられる山菜があることを喜ばしく思うと共に、子供達には小さなうちから山菜を探す喜びと見つけた感動、そして自分で収穫したものを食べられる小さな喜びを教えていってもらいたいものと思います。
山菜は根を取らない限り、毎年同じ場所にちゃんと芽吹いてくれます。
こんな真っ正直なものは他にありません。

小学生高学年のときのことですが、立派な松茸(半信半疑で)を3本とって来て母親に自慢げに見せましたが、キノコが大嫌いな母親はそれを見るなり「毒だから食べてはダメ!」というなり河原にポイ!と捨ててしまいました。
子供心に「あんな匂いの良い立派なキノコは絶対松茸だ。毒キノコであるはずがない。」と、つい愚痴が一緒になって友達に吹聴してしまいました。
それからは愚痴ったことがどうも気になり、数日してその場所を見に行ったところ、なんとその場所は完璧に荒らされ、周囲至る所地肌が露出してしまっているではありませんか。
驚きなんてものではなく、大変なショックを受けました。
愚痴るのではなかった、と幾ら自分を叱っても元に戻るものではありません。
後の祭りでした。
何が悔しいかは、心ない行為が二度と松茸が自生しない、今後絶対再生しない山にしてしまったからです。
次のときのために、ソッとしておくのが大切なことなのに、です。

春がもうそこまで来ております。
山菜積みを楽しみながら、何が大切なことかを小さなうちから子供達には教えていってもらいたいと節に思うのです。

やがて…いつの日にか

真っ白な子供心を傷つけないためにも…

2008年03月07日

後味

「味には前味、中味、後味がある。その中で最も大事な味は後味です。」
とのコメントを某テレビで視聴しました。

ウンウン!
納得です!

「前味はラベルや瓶の形などの体裁から美味しそう、などと判断する。」と解説していました。
そして「中味は開封・開栓して匂いをかいだり嘗めてみたりしたもの。」であり、最も大切なものは実際に食べたあとに残る味で、「また食べたい。と思わせる味である。」といっておりました。

前述のコメントを小生の作る調味料に重ね合わせてみると、全体的に「美味しそう」と感じられる前味が足りないのかもしれません。
この様なものはいわゆる「センス」と称される分野での議論かもしれませんが、小生にセンスがあるはずもなく、少々武骨ではありますが、真心を持って作る後味においては誰にも退けをとりませんので、それに勝るものはない、ことを信じております。

センスについて思い出すことがあります。
田舎では手製の鳥かごを作り、その鳥かごでメジロを飼うのが中学生のころの流行でした。
上手にできれば自慢できるし、へたくそに仕上がれば鳥かごに入れたメジロが、粗めの竹籤の間からいつの間にか逃げていなくなっておりました。
小生が作る鳥かごは後者の方で、鳥かごとなっていませんでした。
しかし、そんなセンスのない鳥かごでも他のものがまねできない自慢できることがありました。

小生の作った鳥かごはビックリするくらい強固だったのです。
実際に、最年長の従兄弟が上に乗ってもびくともしませんでした。

小生の作るものにはセンスといえるものはありませんが、馬鹿正直な実用的?であったそのころの性格そのままの延長線上に今があるようです。

何に付けても思い出されるのは、久那土で育ったわずかな間での出来事です。


2008年03月06日

季節の不思議

弥生3月

地中深く潜っていた虫やアリも、地上の暖かさに連られ、つい、巣穴から這い出して来るような季節となりました。

不思議です。

小生のところでは、この季節になるといきなり?注文が来て、出荷される商品があります。

それは、たで酢という商品です。


いつ頃から製造していたのか記録を調べてみたのですが、厚生大臣(当時の)宛の製造所固有記号の届け出書類が、昭和52年4月20日付で守口保健所に受理されているので、少なくともこの時期には製造されていたことが確認できます。

ちなみに、製造所固有記号の届け出書類の役割は、他社で作っている商品を自社PBブランドとして販売したい会社に、メーカーはいわゆる記号を付与して厚生労働省(以前は保健所経由)に届け出ます。
記号の目的は、その商品がどこで作られたものか厚生労働省に問い合わせれば分かる仕組みになっております。
販売者名のあとに付いているアルファベット記号がそれです。

たで酢という商品はどちらかというとやや特殊な調味料の分野に入りますので、どこでも簡単に作れるというものではありません。
そのような理由からも自社ブランドで販売したい会社が多数あり、多くの届け出書類が残されているものと推察されます。


自社開発商品を他社ブランドとして販売委託する理由としては、販売ルートのない自社が他社の販売ルートに乗せてもらい、よって販路を拡大してもらえるメリットがある反面、その開発商品が他社の製品(他社PB)になってしまうデメリットもあります。

製造所固有記号は、他社がたで酢商品の実力を評価した結果ですので、それ以前に商品として販売されていなければ商品実力として評価できません。
現在までのところで確たることは申せませんが、31年も前のことですので実情を知っている者もおらず、従ってあまり詳しいことは分かりません。

この様なことから、たで酢は真に持って不思議な商品だと思うのです。


2008年03月05日

たで酢の話し

本日は二十四節気の一つ、啓蟄。
春がもうそこまで来ています。

不思議なものですネ

木々は葉を落とし、また虫たちは地中に潜り、人は重ね着をしてじっとこの時を待っていました。
前は冬、季節が移ろいますと、まず連れてきてくれるのが生気溢れる春です。
地中深く潜って辛抱強くじっと春を待ちわびていた虫やアリも、やっと訪れた暖かさに誘われて地上に出てくるときを啓蟄というとか…

一年を四つに区切り、それをさらに二十四に区切って、それぞれ地域の気候や風土に合わせ、或いは農耕を初めとした日々の生活の始まりや中間の手入れ、そして収穫などへの水先案内をしてくれるのが二十四節気の役割。
先人の知恵にはいつも敬服することばかりです。
三寒四温などの言葉が使われるのもこのごろですが、今日は寒の戻りでいつもより寒く感じましたが、どうもこの体感温度は交互に来る寒さと暖かさに「慣れ」ていないため、よけいに寒さを感ずるものらしいですヨ

こんなことも、春がすぐそこに来ている証ですね。

でも、冬から春に季節が移ると、とたんに忙しくなってくるのが小生の仕事の特徴です。
その主たる要因を作っているのが初夏から盛夏・晩秋にかけて食卓に上る鮎を食べるときに使われる「たで酢」を製造していることにあります。
清流の女王「鮎」は、春から初夏にかけて上流を目指して一斉に川を上ってきます。
目的は「種」の保存のための産卵です。
子孫を絶えさせないために生まれた川を目指して上ってきます。
海から川を上り始めた子鮎は、上流に向かいながら若鮎から成魚に育ち、産卵をして一生を終える一年魚です。

この鮎を美味しく食べる手伝いをしている調味料が「たで酢」です。
この「たで酢」はタデの葉を原料としているところから、緑色をしておりますが、小生は就任してまもなく、着色料のことが気になり、添加物である着色料についていろいろと勉強したり有識者の助言をいただいたりのにわか勉強を致しました。
このことにより、「天然の緑色を保持する。」という最も関心の高かった問題点の解決方法が現在の技術においても無理があるということが分かってきました。
それはそうですよねー
緑の草花を摘んで見て下さい、放っておけばいわゆる枯れ草となり、花瓶に活けておいても何日持つでしょうか。
そんな中で、小生のたで酢は賞味期限が1年ですので、気の遠くなるような時間を緑色で保持しなければなりません。
ましてや、PH2,4の酸性化の中で、またスーパーなどで販売されている場合などは長い時間蛍光灯の下で放置された状態で過ごさなければなりません。

でも、何でもチャレンジしてみるものですねー
苦節○年!
天然由来の着色料を用いての試作が成功致しました。
残念ながら全部の着色料を天然着色料に変えたわけではありませんので、完璧を求めるにはもう少し実験は必要ですが、取り敢えず初期の目的を達成できたことになります。

次は…その次は…そしてもっと先のその次は…

人が歩いたあとの轍を歩かずに、新たに道を切り拓くフロンティア精神を発揮していきたいと考えております。


2008年03月03日

厄介者

黄砂…
西日本から離れた関東方面では滅多に見られない現象が黄砂です。
本日の気象情報では、西日本から東海、北陸、東北南部までの広い範囲で黄砂が確認されたようです。
この厄介者は偏西風に乗って飛来して来て、空が黄色くかすんで見える現象となりますが、困ったことに硫黄酸化物などの大気汚染物質が含まれていることがあり、車などに落下すると簡単に拭き取ることができません。
一昨年はうっかり黄砂を吸い込んでしまい、その日からくしゃみや鼻水が出て花粉症と同じ症状になってしまった苦い経験があります。
そのときの視界はおよそ2~3㎞くらいでした。
マンションのドアを開けた瞬間「火事か!」と疑ったくらいの視界の悪さでした。
東京でも一度黄砂が舞っている空を見た経験がありますが、視界が悪くて車の運転に支障が出るほどではありませんでしたので、大阪での経験はビックリものでした。
今年はマスクとゴーグルで防御態勢をとろうとしておりましたが、今日の大阪は運良く雨が降っており、途中で落下したのか守口まで到達していなかったようです。

待ちに待っていた春がもうそこに来ているというのに、その春が花粉症や黄砂などの厄介者も一緒に連れてきてくれるというこの現実も片方にあります。
こんなものとは全く縁がなかった時代が懐かしい…
久那土のきれいな空気の中で生活している人36会のメンバーが羨ましい…

…春霞…という美しい日本語も、いつしか黄砂によって汚染されかすんでしまっております。
「夢うつつ…」の言葉も今や死語となるのも時間の問題か…


2008年03月02日

こだわり造りは健康つくり

…こだわり造りは健康つくり…

就任後に小生が考えたキャッチコピーです。
もちろん、製造する商品が沢山売れることを念頭に置いて考えたことは間違いありません。
でも、もっと何か大切なものがあるはず、と考え、誠実・真心などをキーワードにいろいろと推考を重ねたところ、いわゆる食品製造にはイズムがなくてはならず、イズムなくしてできあがったものに物語のある商品が生まれてこないと結論づけ、偏屈の意味を持つこだわりと健康を合体させました。

人間の生涯を広く定義づけたときに食と命とは隣り合わせでいて、どちらをも欠くことのできない重要なテーマの一つだと考えております。
その重要なテーマ「食」の製造に携わるものにイズムが必要であることは論を待ちません。
そしてそこには偏屈物語がなくてはなりません。
人間の誕生→家族→慈しみ→食べ物→安全・安心→健康→幸福→生涯
この営みを繋げるもの…それがイズムです。

小生には「これでいいのか」と自省していることがあります。

1.商品とは何を持ってよい商品と評価されるのか
2.評価するのは製造者なのか仲介者なのかそれとも消費者なのか
3.商品の判別を自己満足だけに頼っていないか
4.自分が自信を持って製造した商品を認めてもらうには何が必要か
5.会社の在り方と消費者へのサービスのあり方とのギャップをどう埋めるのか
6.価格と商品価値は合致しているか、または商品価値が上回っているか

等々です。
いずれも重いテーマです。
でも、あまり難しく考えなくても、小生が製造したものを食べた人が健康で幸せに暮らせたとしたら「こだわり造り」で作った甲斐が大いにあるというものです。

今日、平成の信玄入道?から健康に関してのメールが入っていましたので感動と感想を述べさせていただきました。