コロナ禍で、人々の暮らしも考え方もずいぶん変わったように思える。
それでも、また新たな灼熱の夏が戻ってきた。
真夏の蓼(タデ)圃場は夏草が我がもの顔で生い茂る圃場になっていた。
蓼と共生しているのか蓼の成長に邪魔になっているのかはわからない。
ただ、この猛烈な暑さと強烈な太陽の光を浴びて、明らかに水気の少ないところの葉の色は緑色が褪せて見える。
しかしながら、夏草の生い茂っている場所の蓼は見事に緑色を保持し、夏草とみずみずしさを競っているようにも見える。
このような真夏の圃場状態から推量できることは、厄介者の夏草が実は蓼を守ってくれているようにも見えることから、意外に蓼は夏草としっかり共生・共存しているようにも見て取れる。
夏草と勢いを競い共生・共存している様を見せていることで、やはり蓼は野生のもので、野生の植物のしたたかさを感じさせる。
この時期になると蓼のことが気になり、ついつい蓼のことをもっと知りたいと思い調べものに手を付けてしまいがちになる。
私どもが栽培しているヤナギタデは、他に栽培しているところを聞くことが無くなりつつある中で大変貴重な存在にも思えてくる。
東京地図出版「おいしい調味料ご案内帖」に、「鮎料理にはたで酢」古くから伝わる伝統調味料…として取材を受け掲載されたこともあり、「たで酢」は日本の伝統調味料として今日に至るまでその一端を担っていることを思うと大切に育てるのは当然としても、できるところまでしっかり栽培を継続していかなければならない責任を感じる。
鎌倉・室町時代にさかのぼり、日本料理の起源ともいわれる料理法を口伝として書き留めた「四条流包丁書」に都度出てくる「蓼ス(酢)」は大きな関心事として強烈な夏に仕事への夢を持たせてくれる。
夏を乗り切るスパイスの記事(2005年 日経新聞)や、夏を乗り切る食べ物「たで汁」、「蓼のふりかけ」、神社に残る祭事に使われる「蓼寿司」や滋賀県栗東市にある三輪神社の神饌物「ドジョウのなれ鮨」等、数えきれないほどの情報があふれ出てくる。
以前、蓼の栽培をしていた農家の方から、桃の節句や端午の節句に子供の成長を願うことで蓼を飾る、ということも聞いている。
蓼が普通の市民生活にいかに多くの出来事で関わっているかについて思いを馳せ、灼熱の太陽の下で「蓼」に勇気づけられながら圃場の整備に精出している。
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