クリスマスが終わって、多少なりとも年の瀬を迎える準備をされているものと思います。
一方では、職を失い、住むところを失った人々が街中にあふれ、支援者が炊き出しをしている状況などが毎日のようにニュースで流れております。
恒例行事のように…年の瀬になると「炊き出し」が当たり前のようにニュースとなっておりました。
歳末募金、善意の鍋などなど…
前例にない…のが異常気象であるとすれば、このような現象をなんと呼んだらよいのでしょう。
田舎に帰ればよいのに…つい出た言葉です。
でも、帰る交通費もないのだそうです。
誰のせいでもないのですが…
生まれた時代が悪かったのか…
そもそも、お金とは一体何だろうか?
お金が人間の正常な生活を乱している現状にあって、人はそのお金に頼り、そのお金に縛られている。
そんな絶大な力を持っているお金が実は紙で作られている。
紙に価値をつけて人間を自由に操るお金とは一体何だろうか。
人間は一体いつからお金に縛られるようになったのだろうか、そのような疑問を持ち始めました。
昨日年末挨拶に来られた方とそんな話題で持ちきりでした。
ですが…
小生のところでも20日と月末という業務特有の支払い日と集金日があり、販売した商品のお金を回収して仕入れした原材料費や必要な経費を支払います。
先に支払いを済ませるのですが、準備資金が不足したときは困ります。
それこそ、かき集めて…の作業で必死状況となります。
それだけで済むのでしたらなんてことはありませんが、事前に資金が必要となるのが通例です。
すなわち運転資金です。
何で運転資金というのか5年前大阪に来たばかりの小生には耳新しい言葉だったのですが、このごろようやく慣れてきました。
運転資金だって、金融機関がすんなり出してくれたら安全運転には絶対自信があるのですが、貸してくれなければエンジンもかけられません!
大型2種免許保有者であっても、運転資金の運転は別物ですものネー
人生いろいろありますけれど、前を向いて歩いて行けばきっとよいこともあるでしょう。
昨夜は小田和正のライブを見てしまいました。
終わったのが午前1時30分でした。
小生には1年に1回あるかないかの深夜テレビです。
聞いている若い多くの女性が泣いていました。
画面は美しい方ばかり映し出しております。
そう思ったのですが、奥の方におられる方もなぜか、皆さん美人ばかり…
その泣き方がすごく自然できれいです。
涙だけがほほを伝わり、視線はちゃんと前方にあります。
小生と同じ年齢の人が、歌で多くの人を、しかも若い女性を感動させ、聞いている多くの女性がきれいな涙を流している。
ついつい小生も午前1時過ぎまで付き合わされてしまいました。
そして、あの澄んだ声によって心が洗われました。
詩の内容も自然体で、いいですネ
「ババァー」の声も嫌みに聞こえなくてかわいく聞こえるのは何だろう?
そうか、人は外連身のない「清らかさ」に惹かれるのか、自然体にこそ惹かれるのか。
それが小田和正の魅力なのか。
駆け足を欠かさないのはよい歌を聴いてもらいたいためだそうです。
軽い足取りです。
完全に負けそうです。
迷惑かもしれませんが「ジジィー」もその魅力に惹かれてしまいました。